山陰本線の余部鉄橋はコンクリート橋に架け替えられてしまいましたが、まだ一部の列車がSLで牽引されていた頃の写真をご覧願います。
余部鉄橋のすぐ西横には餘部駅がありますが、この駅は地元の通学生のために昭和59年に設置されたもので、それまでは鎧駅まで鉄橋を渡り、トンネルを越えて通っていました。
従いまして、当初は停車列車が登下校の時間のみの設定であり、最初に私が訪れた時も1日3本のみの停車で、鎧駅からここまで歩いてやって来ました。
因みにここの地名は余部ですが、同じ県内の姫新線に余部(よべ)駅があったため、駅名表記を変えていました。
最初に鉄橋から離れた山側からのカットです。
本来ならば上り列車で海に抜ける位置に機関車があるべきですが、なにぶんにも本数が少ないので、これしかありません。
牽引機はDD54です。
続いては、鉄橋の下から撮影したものを。
旅客列車は無煙化されており、牽引機はDF50かDD54です。
貨物列車では、まだ一部にD51が使用されていました。
海側に離れて横からのアングルで構えて待っていると、下りの貨物列車が鎧駅側のトンネルを抜けてやって来ました。
車掌車を挟んで回送のC57が連結されていましたが、次位であれば重連のように見えて良かったと思ったのですが、これはこれで面白いのかもしれません。
上の写真にも写っていますが、一部の橋脚には塗装工事用の足場が掛けられていましたが、当時の足場は木製ですね。
本線とは名ばかりの、列車本数の少ない路線でした。
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