今回の旅の2日目です。
宿泊したのは余部ユースホステルで、当時の学生旅はユースの予約を取ってから出かけるのが常でした。
駅からかなり歩いた高台にあり、窓からは遠くの余部鉄橋が見えます。
餘部駅から朝の列車に乗りますが、DCを連ねた編成です。
因みに駅名を餘部と標記するのは、姫新線の余部駅と区別するためのようです。
普通列車の乗車にも飽きたので、泊駅で下車し、少し線路端を歩きました。
やって来たのは 急行いなば で、当時は冷房の搭載も無く、窓は全開されていました。
泊駅に戻り、各駅停車の旅を続けますが、牽引してきたのは DF50 で、この日はまだSL列車にお目にかかっていません。
乗車していると米子駅が近づき、機関区には D51 の姿が見られました。
松江駅の手前の馬潟駅で下車しましたが、上りの 特急まつかぜ との交換です。
ここから松江駅方向に歩きましたが、景色の良い場所は見つからず、少し開けた場所で普通列車を待ちました。
やって来たのは C57 牽引の客レで、C57 とは今回お初の対面です。
駅に戻り下り列車を待っていると、反対方向から来た列車も C57 の牽引で、いよいよSLの使用区間に入ったことを実感しました。
松江駅から一畑電鉄に乗り変え、この日も鉄には不便なところにあるユースホステルに向かいました。
返信削除初めまして。陸羽東線にD51なんて走ってたっけ?と思い、検索してサイトに出会いました(ブックマークつけときます)
さて、
C5788、
私めが馴染んでいたころ(たぶん3年ほど後)には、集煙装置がつけられていました。
山陰本線に長いトンネルなんかあるか?と不満に思っていた記憶があります。
虻無丸 さん、弊ブログにたどり着いて頂き有難うございます。
返信削除山陰本線のC57には不細工な集煙装置が装着されたものと、無いものが混在していました。
おっしゃる通り、あまり必要とは思えませんですね。