小樽築港機関区

小樽築港機関区

2019年8月11日日曜日

 龍ヶ森の ハチロク三重連 1969.3.5

 花輪線と言えば龍ヶ森のハチロク三重連、SL時代には知れ渡っていたのですが、そんな有名撮影地でもファンであふれることはなく、アングルが自由に決められる時代でした。

 大更駅から朝の普通DCに乗り、龍ヶ森駅に着くと、対向の客車列車と交換します。


 逆光の中を、後補機を付けた列車が出発して行きました。

 次にやって来るのが目的の三重連なので、岩手松尾駅方向に歩き到着を待ちますが、朝の好天はどこへやら、雪がちらつき始めました。


 トンネルを出てカーブをまわり込んできますが、煙が3本上がるのを見て一安心。


 先頭は化粧煙突の 68622 で、良い格好です。


 三重連の撮影後は、駅から国道に出て峠を越え、赤坂田駅方向から勾配を上って来る旅客列車を撮影します。


 3両の客車を単機で牽く姿を撮影後、もう少し国道を下がって行くと、今度は後補機を付けた上り貨物が来てしまいました。


 木の枝に邪魔されながらの後追い撮影ですが、ここの補機は常に下り方向を向いているので、上り列車の補機は後ろ向きになります。


 好天が続く中、今度は前部重連の下り貨物が来ました。


 撮影しては駅で一休み、の繰り返しで、今度は珍しく単機牽引の下り貨物です。


 その後、天候が急変し、雪が激しくなってきたので、重連後補機付の上り貨物は、駅撮りでお茶を濁してしまいました。


 依然として雪が降り続くのですが、下り列車の撮影場所は駅から近いので、重い腰を上げて出かけます。


 うっすらと、後部で後押しする2両の姿が写っています。


 それにしてもこんなローカル線で、多くの貨物列車が設定されていたことは、今では驚異的です。

 明日はすっきりと晴れることを願いながら、宿のある大更駅へと戻りました。

2019年8月9日金曜日

 花輪線大更駅 と 松尾鉱業鉄道 1969.3.14-15

 山田線撮影後の宿は、ユースホステルのあった花輪線の大更駅で、ここに2日間お世話になり、花輪線の 8620 を撮影しました。

 到着した日はまだ明るく、駅構内には 38690 の姿がありました。


 この大更駅からは、松尾鉱業鉄道というヤマに向かう鉄道があり、当時は直流1500Vで電化されていました。

 架線の張られた構内には既に貨物列車が仕立てられていて、青い車体の ED502 が先頭に立っています。


 この機関車は廃線後に秩父鉄道に移籍し、デキ108 と名前を変えて活躍します。

 花輪線の到着する貨物を撮影すべく、平館駅方向で待っていると、この貨物列車が先に出発して行きました。


 その後、あまり時間をおかずに上り貨物列車が到着しましたが、駅に到着する直前なので、全く煙はありません。


 翌日は朝から龍が森での撮影でしたが、宿のある大更駅に戻ってきてから、下りの客車列車の発車を撮影します。


 そしてまだ宿に戻るには早いので、平館方向に少し離れたところにある松尾鉱業鉄道の駅を訪ねてみました。


 除雪されたホームには単行電車が発車時間を待っており、貨物輸送が主力とはいえ、鉱山の多くの住民の足として、重要な役割を担っていました。

2019年8月7日水曜日

 急勾配に挑む 山田線の C58 1969.3.14

 春休みになり、雪の東北にSLを求めての撮影旅、最初の目的地は、C58 が急勾配に挑む山田線でした。

 当時 C58 はあまり人気が無く、山田線を訪れるファンは少なかったようですが、盛岡駅を出て、先ず降り立ったのは大志田駅で、深い雪の残る中を浅岸駅方向へと進みました。

 最初に来るのは上り貨物なので、このあたりでは勾配を音も無く下って来ます。


 このあと川原に降りて待つこと暫し、下りの急行DCが通過しました。


 その後を追うように、C58 牽引の下り貨物が、連続勾配を煙を吹き上げながら鉄橋を渡って来ました。


 大志田駅に戻り、普通DCでお隣の浅岸駅に移動しました。

 大志田駅と共にこの浅岸駅は勾配の途中にあるので、駅部分はスイッチバックで本線から分岐する構造になっていました。

 下りの急行DCを先に駅で待たせておいて、上り各停DCが勾配を下って来ます。


 向きを変えて、各停DCが駅に入線してきました。


 この列車交換を見届けてから、次の区界駅を目指して歩きだしました。

 深い雪に足を取られながら進み、後からやって来る下り貨物列車を撮影します。


 わずか4両の貨物ですが、ゆっくりとした速度で上って来ます。


 次も下り貨物ですが、サミットである区界駅の少し手前で待ち受けました。


 ここの C58 は独特の形状の集煙装置を付けていて、平凡な中型機の C58 ですが、私には魅力的に見えます。


 この先を曲がると、間もなく区界駅に着きます。


 この次の列車は上り貨物なので、駅の近くならば煙を吐くかと思い、遠方信号機よりも近い場所で待ちました。


 案の定、目の前を通過する頃には絶気して、盛岡方面に向けて通り過ぎて行きました。

 撮影はこれまでで、次の上りの普通DCに乗り、盛岡駅から花輪線の大更駅へと向かいました。

2019年8月5日月曜日

 雪景色の 八高線 1969.3.3

 首都圏では春先に雪が降ることが良く見られますが、この時も昨晩からの雪が積もり、朝起きたら雪化粧をしていたので、急いで八高線に向かいました。

 東飯能駅から金子駅方向に進むと、残雪の中を下り貨物を牽いた D51重連 が煙を吹きながら近づいて来ました。


 先に進み、入間川を越えた大築堤で、勾配を上って来る上り貨物を撮影します。


 日当たりの良い築堤では、既にほとんどの雪が融けていますが、牽引機はお気に入りナンバーの D51515 でした。

 さらに進むと残雪の量が増えてきますが、今度は D51 牽引の下り貨物が音も無くやって来ました。


 後ろからはバック運転の D51 が、白煙を上げながら勾配を上って来ます。


 次は狙い目の上りの D51重連 なので、定かでない足元ですが、小高い丘まで何とか登りました。


 2条の白煙を上げながら D51重連 が通過する様子を見ていると、東京から程近い場所とは思えません。


 このあとは金子駅まで歩き、八王子経由で帰宅しました。

2019年8月3日土曜日

 小海線の キャベツ輸送臨 1968.8.23

 野辺山高原周辺では夏キャベツの栽培が盛んで、8月下旬には出荷が最盛期を迎えるので、小海線では臨時ダイヤを設定し、他区から C56 の応援を得て輸送していました。

 この時ばかりは多くの貨物列車が走るので、中央線の夜行列車で小淵沢へ、そして始発列車で野辺山駅に向かいました。

 野辺山駅からは清里駅方向に戻り、国鉄最高地点にほど近い鉄橋で、最初の貨物列車を待ちましたが、あたり一面の霧で、全く見通せません。


 少し霧が晴れてきたので、DCの2番列車を撮影します。


 野辺山駅方向から、 C56160 が上り貨物を牽いて来ました。


 上り勾配のはずですが、荷が軽いので、ロクに煙を出しません。


 次の下り貨物は後補機付です。


 霧が薄くなったので、今度は後補機の姿も写っています。


 逆向きの C56144 でした。

 場所を移動して、国道から八ヶ岳をバックに撮影できるポイントに行きました。


 晴れていれば名撮影地なのですが、この日はダメです。


 C56 が単機牽引で、空の通風車を送り返してきました。

 野辺山駅に向かって帰途に着きますと、上りのDC列車がやって来ました。


 日本中にあふれていたこの手の気動車も、今では懐かしく思います。

 さらに駅近くでは、C56144 牽引の上り貨物が来たので、バックが悪いものの撮影しました。


 野辺山駅に着くと、C56160 が入換中ですが、キャベツを運んできたトラックも年代物です。


 鉄路が貨物輸送を担っていた、良き時代でした。

2019年8月1日木曜日

 吹田機関区 1968.8.8

 米原に行った翌日は、吹田機関区を訪ねました。

 ここには未電化時代からの吹田第一機関区と、東海道線の電化後に設置された吹田第二機関区がありますが、両者に明確な敷地の線引きはありません。

 第一機関区には多くのSLとDLが少々配置され、城東貨物線の仕業や吹田ヤードでの入れ替え作業をやっています。


 ハンプの押上げ等、入換作業の D51 は、デフを外され、前部に手摺が増設されています。


 本線仕業用の D51 は、集煙装置が付けられていますが、標準的なカマです。


 先日の城東貨物線で見た DD13 が D51 に挟まれていました。


 半流の D5151 も、入換専用の姿になっています。


 この時見た D51 は、殆んどが入換用改造機で、ハンプ作業等が非常に多いようです。


 ここにはターンテーブルを中心に、大きな扇形庫がありました。


 SLだけでなく、DLや貨物まで収容されています。


 本線での使用機が収められているようです。


 すぐ隣は第二機関区です。


 EF901 から改番された EF66901 が休んでいました。

 3両の貨物機が並んでいますが、EH1025 と52 、そして EF651 というナンバーで、面白い数字が並んだと喜んで撮った1枚です。


 この日は D52 の姿が見られなかったのが残念でした。