小樽築港機関区

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2021年6月11日金曜日

 この年5回目の 大井川鐡道 1998.11.20

 6月以来久しぶりに訪れた 大井川鐡道 ですが、よく数えてみれば、この年5回目にもなっていました。

 何度も通っていると新しい場所を開拓したくなり、今回の撮影のスタートは五和駅と神尾駅の間の大井川沿いを走る区間で、大井川の対岸から撮ってみました。

 線路は川沿いを走るのですが、木や雑草が多く、列車の見える区間はわずかです。

 まずやって来たのは、近鉄特急でした。


 側面に朝日が反射しています。

 続いて、本日のSL列車1本目、1001レが見えて来ました。


 側面に太陽が反射して、赤く染まっています。


 牽引機の C5644 が、木々の隙間からチラリと見えました。


 次の101レの撮影は、大井川をぐっと上流に向かい、青部駅と崎平駅の間の鉄橋です。

 ここではいつも線路に近い場所から撮っていたのですが、今回はかなり離れた所で、少し見下ろす角度になる場所に行ってみました。


 この日は風向きが悪く、鉄橋の半分を過ぎたあたりから、煙で車体が隠れてしまいました。


 帰りの1002レは何故か撮り逃がしてしまい、その次の102レの撮影は、帰り道に近い抜里駅と家山駅の間の茶畑です。


 秋の日は釣瓶落とし といわれるように、間もなく沈みそうな夕日の中を、C11 がバック運転でやって来ました。


 真正面からの陽射しで、機関士も眩しそうです。


 この日最後の撮影は、いつもの手軽な場所でお茶を濁してしまいました。

2021年6月9日水曜日

 復活SL 秋の上越線 D51 1998.11.3

 上越線の D51 にはしばらく行ってなかったのですが、秋の祭日、天気も良さそうなので、日帰りで訪問してみました。

 下り列車は渋川駅を発車すると、まもなく大きく右にカーブして利根川を渡りますが、上流側からですとシルエットでサイドビューが狙えます。

 先行して下りの普通電車が来ましたので、どんな按配か、1枚撮ってみました。


 2両程度が収まるので、これ以外に広角も併せてセットします。

 しばらく待つと、渋川駅発車の汽笛が聞こえ、D51 が鉄橋を渡って来ました。


 長玉と広角と、両方を忙しくレリーズします。


 撮影後は追いかけで、後閑駅と上牧駅の間に先回りしました。

 秋の日差しを浴びながら、D51 が煙を吐きながら近づいて来ます。


 この場所は家屋が点在し、間口が狭いのでそれ程カットを稼げませんでした。


 お次は水上駅の北側で待っていると、ターンテーブルに D51498 がバック運転で乗入れてきます。


 良い日差しで、ベタの順光でした。


 転向後は、上りの時間まで、側線でお休みします。


 帰りの撮影地は水上駅の南側の、諏訪峡の横からです。


 上りの普通電車や、新特急谷川 を撮影しながら通過を待ちました。


 だんだん日が傾いてくる中、ようやく D51 が姿を見せました。


 架線柱の間で、シャッターチャンスはわずかです。


 久しぶりの上越線の D51 でしたが、良い天候に恵まれ、撮影日和でした。

2021年6月7日月曜日

 日本工業大学の B6 1998.11.01

 東武伊勢崎線の東武動物公園駅からしばらく歩いたところに日本工業大学がありますが、ここには B6 の一族の 2109号 が動態保存されています。

 2109 は、まだSLが現役であった頃に西濃運輸で使用されていたのは知っていたのですが、この1両のためにわざわざ出かけることはできず、1966年に廃車になってしまいました。

 その後、大井川鐡道に移動し、1975年に使用休止になったのですが、1993年に動態整備され、この地に送られてきました。

 大学ではこの機関車に時々火を入れ、120mほどの線路を運転するのを公開していますが、その様子を見に行ってきました。


 自宅からここまでは電車を乗り継ぎ、かなりの時間を要するので、着いた時には既に車庫から出されていました。


 色々な角度から、撮影を続けます。


 庫内にはピットが設けられ、整備に必要な機械が揃っていました。


 運転時間外なので、正面からも撮らせてもらいます。


 非公式側からも撮りました。


 このあと構内を運転してくれ、走行写真を撮るのに適した場所はありませんでしたが、腕木式信号機とのツーショットは、それなりの雰囲気を感じました。


 安住の地を得た 2109 は、生きた教材として大切にされていました。

2021年6月5日土曜日

 丸瀬布いこいの森の 雨宮21(その2) 1998.9.13

 丸瀬布いこいの森 で 雨宮21 の撮影2日目、日曜日です。

 朝から好天で、まさに北海道の気持ちの良い陽気の中、撮影に向かいました。

 まだ運転開始まで時間があり、雨宮21 は、まだ庫の中にいます。


 少々暗いのですが、邪魔物が無く、後ろからの撮影ができました。


 やがて庫から、バックで出て行きました。


 外に出してから、最終チェックをやっています。


 後ろに客車を連結し、仕業準備が整いました。


 朝一番の列車を、お気に入りの場所で撮影します。


 30分後に二番列車が、太陽が降り注ぐ木立の中をやって来ました。


 そのあとにこのカットを狙っていたら、急に太陽が雲に隠れてしまい、機関車が鈍い仕上がりになってしまいました。


 次の予定があったので撮影はここまでで切り上げて、また改めて訪問することとしました。

2021年6月3日木曜日

 丸瀬布いこいの森の 雨宮21(その1) 1998.9.12

 オホーツク海側の内陸部、丸瀬布町の丸瀬布いこいの森で、1984年から 雨宮21 が運転されているのは知っていたのですが、ようやくこの年になって、念願の訪問が実現しました。

 町営のリクリエーション施設の敷地内に、1周1.8kmの762mmの線路が敷かれていて、春から秋の土休日に運転されています。

 昼を過ぎてから現地に到着すると、雨宮21の汽笛が響き渡っていて、早速撮影を開始しました。


 列車の速度が遅く、敷地内をまわっているので、追いかけての撮影も可能です。


 運転の合間に、保存されている車両を見て回りました。

 鉄連の E103 は、ロッドが外された状態で置かれています。


 西武鉄道から1993年に何両かが移って来て、台湾で砂糖を運んでいた コッペル532 も一緒にやって来ましたが、放置されたままで、塗装がはがれ、錆が出ていました。


 元井笠鉄道の客車と共に、ヤードに置かれています。


 再び運転時間になったので、雨宮21 の撮影を続けます。


 木立を抜けてくるこの区間が、沿線随一の勾配区間で、勇壮な姿が撮影できました。


 列車がお休みの間に、機関庫の近くにいる緑のDLを撮影します。


 鶴居村営軌道で使用され、その後、釧路にいた運輸工業製のB型機です。

 また運転時間になったので撮影しましたが、毎回結構な数の客が乗っていました。


 駅で休憩中のところも1枚。


 もう一度、煙を吐く場所で撮影しました。


 雨宮21 の表札のかかった庫を覗いてみると、整備のための工具類が整然と置かれています。


 この日はこれで引き上げて、また明日、朝から来ることにしました。

2021年6月1日火曜日

 湧網線沿線の保存機めぐり 1998.9.11-12

 オホーツク海側の湧網線は1987年に廃止されましたが、その沿線の廃止された3駅にはSLが保存されていました。

 北海道への旅行の折に、観光しながら2日間でそれらを見て回りました。

 まずは卯原内交通公園に保存されている 49643 で、駅では無くなったので、同じ場所を交通公園として整備しています。


 ここは、すぐ背後が能取湖に面しています。


 この 49643 は、1970年3月に、北見区在籍を最後に廃車されたとのことです。


 屋根が無く風雨にさらされるところなのに、綺麗に保存されていました。


 翌日は、旧佐呂間駅の佐呂間交通公園に向かいました。

 ここには D51565 が屋根付きの場所に置かれていますが、メンテナンスされていないので、車体の褪色が進んでいます。


 このD51は1976年3月に追分区で廃車になり、函館で保存されていたものを移設したという経歴です。

 ここでは、スユニ50やヨ8000、そして DE10 も保存されていました。


 佐呂間の次は、旧計呂地駅です。

 ここは湧別町計呂地交通公園と称して、周辺を含めて綺麗に整備されていました。


 保存機は C58139 で、1975年7月付で北見区で廃車されたものです。


 周辺の広い範囲が公園として整備されていましたが、人の姿は全く見られませんでした。


 余談ですが、この周辺を散策していると、突然山に帰るカラスの大群が現われ、空を埋め尽くしました。


 この写真の、空の部分のごみのように見えるのがカラスでして、数百羽はいたのではないでしょうか。

 その鳴き声はすさまじく、今でも思い出されます。