小樽築港機関区

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2024年2月7日水曜日

イギリス乗り鉄&保存鉄道、鉄道博物館訪問記(第2回)

 英国乗り鉄&保存鉄道、鉄道博物館訪問旅(2日目、グラスゴーからエディンバラ)です。

朝食配りのスタッフのノックで起こされて、朝食摂ったら直ぐにグラスゴーセントラル駅(Glasgow Central)に到着です。ホームに降りて先ず最後部へ行くとELが付いています。



回送用にここで連結したのかこの形態で運行されてきたのかは不明です。
頭端式の駅なので必然的に編成に沿って歩いて出口へ行くことになります。

 
乗車してきた寝台車です。外装は塗り替えられていますがくたびれた感じです。

 
ホーム向かい側に停まっていたいたバージントレインがロンドンへ向け発車しました。

 
視界が開けるとグラスゴーセントラル駅はこんなです。


 先頭のEL。後部のとは違う型です。パンタは降ろされてます。
次にエディンバラへ向かうのですが、エディンバラやスコットランド奥地へ向かう列車はグラスゴークイーンストリート(Glasgow Queen Street)いう別の駅から出ています。両駅間には連絡する路線はありません。駅を出て歩き出します。


 グラスゴーセントラル駅の正面ですがここも駅前広場は無いです。
通りを歩いていくと地下鉄の出入り口があります。グラスゴーの地下鉄はBRの2つのターミナル駅には無関係に中心市街地を1週する環状路線1線のみです。(マークの下に路線図が描かれています。)昔読んだ朝日新聞社刊の年刊世界の鉄道に「開通はかなり古く当初はエンドレスループのケーブルカーだった」という記述があったと記憶しています。短い路線なので1週していきます。


ここではアンダーグラウンドでは無くてサブウェイと呼ぶようです。


 やって来た地下鉄はロンドンのチューブを2回りくらい小さくした感じの電車です。


 車内です。扉の所にN君(身長約170センチ)が立ってます。扉脇の座席足元の出っ張りは台車部の喰いこみと思われます。立客用の手すりが照明灯と同じ高さにあります。


 相対式ホームで間が無柱の駅があったので段落としをしました。


発車前に 反対方向の電車が到着しました


 
編成は3輌固定と2輌+1輌と2種類あるようです。ロンドンと異なり第4レールはありません。


島式ホームの駅でも降りてみました。ホーム上の人は地下鉄のスタッフです。各駅のホームに配置されていました。
乗車した駅で降りて、クイーンズストリート駅を目指します。案内の表示に従って行くと駅の横からコンコースに出ました。グラスゴーとエディンバラの間は所要時間1時間弱で直通の列車が沢山ありますが、乗り鉄旅行なのでさらにスコットランドを北に向かい、ダンディー経由でエディンバラへ向かうことにしました。


 クイーンズストリート駅の改札口。パスでは自動改札機は通れないので係員に声をかけてパスを提示して開けて貰います。自動改札の駅で係員のいない駅は皆無でした。


 乗車したDCです。正面のデザインは古そうですがサイドを見るとそんなに古い車輌ではないようです。1等車はありません。


 先に発車していった電車です。何んとも形容しがたいご面相です。


スコットランドの景色はこんな感じです。
パースでダンディー行きに乗り換えです。


 パース(Perth)に到着しました。電化工事が行われています。


DCが去っていった方をみると腕木信号が現役でした。


反対方向の列車が来ました。ここまで乗車してきた車輌より新しそうです。
ダンディー行きも同型の車輌で1等室がありました。


ダンディー(Dundee)に到着しました。
多少時間があるので駅の外へ出ました。

 
ダンディーの駅名標。(下に書いてあるのはスコットランド語の綴りでしょうか?)


ホームに降りたときは古い駅に見えたのですが外に出てみると現代建築な駅でした。


 駅は川に面していて帆船が展示されてます。ディスカバリー号というスコットが南極大陸を探検した際の船らしいのですが本物なのかは不明。背後の現代建築は隈研吾氏の設計になる建物との事です。(日本に帰ってから新聞で知りました)訪問時は未だ未公開でした。
その新聞記事によるとダンディーは現代建築で町おこしをしてるらしいです。


前のダンディー駅舎。ホームを降りたときに見た古びた駅に見えたのはこちらの建物でした。漸くエディンバラ行きに乗車です。ダンディーを出ると直ぐにテイ(Tay)川の河口部を長い鉄橋で渡ります。



テイ川の橋梁です。エディンバラに近づくと英国の鉄道名所で世界遺産に登録されているフォース湾にかかる鉄橋(フォースブリッジ(Forth bridge))を渡ります。


 この路線も腕木信号が現役です。太陽光パネルと共存してます。


途中のジャンクションの信号扱所。

 
フォース橋が見えました。


 フォース橋を渡ります。


 トラス部へかかりました。


 海上にはフォース橋見物と思われるクルーズ船がいます。


城跡が見えたら エディンバラに到着です。BRの線路は深い掘割(おそらく運河もしくは濠を線路敷きに転用したと思われます。)の中を通ってます。

 
エディンバラの中央駅エディンバラ・ウェイバリー(Edinburgh Waverley)駅で見た電車です。またまた1等ラウンジで腹拵えして、スーツケースを預けてトラムへ向かいます。ここのトラムは市内から空港までの1路線です。市内の起点まで駅前から線路沿いに歩きます。生憎の雨ですがイギリスでは雨が降ったり、晴れたり曇ったりを短時間で繰り返すのが普通の天気らしいです。

 
エディンバラのトラム。車種は1種類のようです。


 駅前の交差点を行くトラム。背後の町並みとトラムの走る通りの間が掘割になっていてBRの線路が通っています。

 
トラムの起点に来ました。次の電車に乗ります。

 
トラムの運転台。こちらでは当たり前の運転士は乗客に係わらないスタイルです。


 エディンバラの市内、この区間は一般車は一方通行で路線バスのみトラムの線路上を逆行できるようです。


郊外に出ると先ほど乗って来たBRとほぼ並行して走ります。


郊外の停留所。芝生軌道の区間もありました。
BRとの連絡駅になっているエディンバラ・ゲートウェイ(Edinburgh Gateway)駅 でトラムを降ります。ここにはトラムの車庫があるのですが分岐線しか見れませんでした。 BRはこの駅が空港連絡駅になります。



トラムのゲートウェイ駅。背後の土手の上がBRの駅。
BRの路線は先ほどダンディーから乗って来た路線です。今度はこの路線の途中から分かれる支線に乗ります。



BRのエディンバラ・ゲートウェイ駅。列車は想像以上に密に走ってます。


 我々が乗車する支線に入る区間列車ですが何故か1等室付きの新型車が来ました。

 
空港の端を通ります。


 再びフォース橋を渡りますこの時は凄い雨でした。


 フォース湾にひょうたん島がありました。


 終点のグレンロセス・ウイズ・ソーントン(Glenrothes with Thorton)という駅に到着です。この駅は安房鴨川のようにエディンバラから違う経路を通っ来た列車がここで顔を合わせてまた来た方向へ戻っていくという運転をしているようです。しかしながら、駅自体はホームしかない無人駅なのでした。


 乗って来たのと違う方向へエディンバラへ戻る列車は折り返しではなくて、乗って来た方向から回送で到着しました。意味不明なダイヤと運用でした。

 
3度目のフォース橋です。


エディンバラ・ウェイバリー駅へ戻りました。スーツケースを引き取り、次の宿泊地のヨークへ向かいました。日の長い英国ですが途中で日没となりました。(2日目終わり)


2024年1月15日月曜日

イギリス乗り鉄&保存鉄道、鉄道博物館訪問記(第1回)

 2018年9月初旬、例によって学生時代以来の乗り鉄友人N君と英国へ鉄旅に行った時の報告記です。

この年もN君から外国乗り鉄旅に行こうというお誘いを受けた。経緯は忘れましたが今回は英国に決定。英国へは20年前にあるツアーでユーロスターに乗車してパリからイギリスへ渡ったのですが、その時は他にはロンドンの地下鉄とランチクルーズ列車に乗っただけで、普通の鉄道に乗るのは未経験でした。日程の都合により、今回はN君が先に渡英し、私は遅れて9/4(火)深夜(9/5 0155羽田)発で向かう事になりました。日程はロンドンからグラスゴーまで夜行列車に乗車、エディンバラ経由ヨークに2泊、ロンドン4泊となりました。1人での海外渡航は初めてなのでちょっと心配です。出発の日はなんと台風で、関空の連絡橋にタンカーが衝突し、大雨で水没した当日した。飛行機は飛ぶのかとハラハラしましたが、関東地方を台風が抜ければ、搭乗便は通常通りに出発するとの事でした。旅立ちの準備してると何んと今度は中央線が強風と倒木で運転見合わせとなってしまいました。早めに家を出て、遅れながらも運行していた西武線に振替乗車して、無事に羽田空港に到着しました。思えばこれが今旅行の最大のピンチでした。出発は2時間ほど遅れましたが、これは上空の気流の状態が非常に良くイギリスに早着する見込みだが、ヒースロー空港は航空ダイヤがたて混み早着しても上空待機になるので出発を遅らせるとの説明でした。ラウンジを開放してくれたので思う存分飲食しました。
 
前振りが長くなりましたが、その後は何事もなく定時にヒースロー空港に到着。(運行管理者の読みは正しかった)ヒースロー空港からロンドン市内へは地下鉄とブリティッシュレイル(英国国鉄、現地ではナショナルレイルとも言うようです。以下BRと略します。)が運行されていますが、今回はブリットレイルパス(1等、8日間用、以下パスと略します。)を用意したのでBRで行きます。パスは事前に窓口でバリデーションをしなければ利用できないのですが駅には有人窓口が見当たりません。自動改札の前にいた係員に尋ねると「これで改札を通って3番線へ行け。」というような事を言われターミナル間移動用の切符をくれました。3番線で待っているとロンドン(パディントン)行きのヒースローエクスプレスが来たので、乗車しました。


漸く最初の画像です。ヒースロー空港駅から乗車のヒースローエクスプレスです。

車掌が検札にきてパスを見せるとOKでした。N君に無事に到着した事を知らせようと携帯電話の設定に悪戦苦闘してメイルを送っているうちにパディントン駅(Paddington)へ到着です。


パディントンに到着のヒースローエクスプレス。隣は英国のスーパー日立号。

パディントン駅の窓口でパスのバリデーションを済ませ、地下鉄でユーストン駅(Euston)へ移動しました。ロンドンは朝のラッシュアワーで、スーツケースを持っての移動なので写真は撮らずさっさと行きます。N君とは今夜、ユーストン駅で落ち合う予定です。
ユーストン駅では先ずスーツケースを預けます。BRでは主要駅に(有人の)荷物一時預かり所(LEFT LUGGAGE )を維持しているので助かります。今日はN君と落ち合うまでにリバプールへ行き、マンチェスター経由でロンドンへ戻る事にします。ちなみに先乗りしたN君はブラックプール、マンチェスター、シェフィールドのLRT巡りをしてるそうです。
ヒースロー到着からここまで想定よりも早く来ています。先ず、リバプール直行の列車はヴァージントレイン(Virgin Trains)の運行なので窓口に席の予約に行きました。(ヨーロッパ時刻表、その他の鉄旅指南書、ネット情報によるとバージントレインは全席指定制で事前予約が必要となっている。)出札窓口でパスを見せたら「直接列車に乗って空いている席に座りなさい」と言われました。(相手の言ってることを完全に理解している訳ではなく、あくまでも断片的な言葉から判断してるので、ヒースロー空港駅での一件もそうですが一抹の不安はあります。)次に1等客専用のラウンジがあって飲み物、スナック類が提供されるとの事ですので其方へ行きます。朝の時間帯でパン類が用意されていたので有難くいただきます。(無料、アルコール飲料は有料)寛いでいたら発車時間が迫り写真撮る余裕なく列車に乗りました。空席(AVAILABLEと表示されている。)に座っていると検札が来てパスを見せます。その後サービス担当がやってきて飲み物が提供され、メニューを見せて朝食は何にするかと聞きに来ました。


ヴァージントレイン1等車の車内、皿カップ類は陶器製、カトラリーも金属製で提供されます。
(2度目の朝食に)トーストとベーコンサンドを取りました。どちらも美味しくいただきました。BRとバージントレイン太っ腹です。

首都ロンドンと港町リバプール、工業都市マンチェスターを結ぶ路線なので当然なのかもしれませんが多くの貨物列車が運行されてました。




オープントラックとやらで色々な事業者が貨物輸送に参入してるようです。

途中の車窓風景はいかにもイギリスという感じで、大体が緩い丘陵で変化に乏しいです。



運河もよく見ました

所定時刻にリバプールライムストリート駅(Liverpool Lime Street)に到着しました。 

 
ロンドンから乗車してきたヴァージントレインです。

折角リバプールに来たのでビートルズの聖地をチョコット巡礼します。


ライムストリートからメトロに乗車します。メトロといってもBRの路線なのでパスで乗車できます。自動改札には交通弱者対応と思われる係員がいて、パスを提示すると自動改札を開けてくれます。

 
ビートルズが下積み時代にライブ活動を行っていたキャバーンクラブの跡地です。さっき乗って来たBRメトロ線の建設の際に建替えられてしまったそうです。シラブラックの銅像がお出迎えです。近くのビルの地下に新たに再現されたキャバーンクラブが作られ、こちらには若き日のジョンレノンの銅像が置かれています。



キャバーンクラブの中には入らず、歩いてマージー川(Mersey)の河畔へ向かいます。

 
マージー川の河畔まで来ました。通りにはいかにも港町といった雰囲気のビルが並んでいます。

 
ここには4人の銅像があります。




 港町リバプールの象徴としてよく登場するビルですが外壁をクリーニングしたのかイメージより明るかったです。


辰野金吾が喜びそうな赤レンガに白バンドなビルです

プチ巡礼を終えメトロでリバプールライムストリート駅へ戻りここでも1等ラウンジにお世話になって腹拵えをし、マンチェスターへ向かいます。リバプール、とマンチェスター間の鉄道は鉄道史上において、今日ような鉄道事業者が自ら列車を運行する最初の鉄道とされます。路線図にはこの間には2路線あってどちらが最初のルートなのか私には分りませんが、次に出るマンチェスター方面行きの列車に乗車します。


ライムストリート駅の外観、左の塔のある建物が駅舎と思われますが現在では駅の機能は全てドームの中にあります。イギリスのターミナル駅は直接通りに接していていわゆる駅前広場というのは無い駅が多いようです。


駅のインフォメーションで次のマンチェスターへ行く列車と案内された列車2連×2本で4連のDC列車1等車なしでローカル列車かと思いきや行き先はノリッチというブリテン島の北海側の街で、結構な長距離列車です。

 
マンチェスターへ近づきました。


マンチェスターピカデリー駅(Manchester Picadilly)に到着のノリッチ(Norwich)行きDC。

ここからロンドンへもどりますが合間にトラムを見に来ます。

 
マンチェスターピカデリー駅の地下にあるトラム乗り場

 
狭い通りを走るトラム。右上のカーブしたビルの所がBRのピカデリー駅

 
道路の下へ潜って先ほどのピカデリー駅のホームに到着する


BRの駅に戻り、ロンドン行きの発車まで出入りする列車を眺めます。

 
こんなのやあんな車輌が出入りしてました。



何んといっても一番目についたのがこのDC。なんと今どき2軸車です。


 
頑丈そうなフレームと単軸台車。車体にはリベットがあります。


車内もなかなかのモノです。


左のヴァージントレインでロンドンへ戻ります。


ユーストン駅に到着のヴァージントレインです。

無事N君と合流。今夜はこれからグラスゴー行きの寝台列車に乗ります。
駅近くで夕食を摂り、スーツケースを引き取り、またまた1等ラウンジのお世話になります。
寝台列車はカレドニアンスリーパー(Caledonian Sleeper)という会社による運行になっています。寝台の手配は事前にパスと共にJTBに依頼しました。寝台料金はパスに含まれるととの事で発券手数料のみで入手できました。「のぞみ」に乗車できないなど制約が多いと聞くジャパンレイルパスに比べてBRはやはり太っ腹であります。
列車は2300発(グラスゴー0700着)ですが2200から寝台は利用できます。(同様にグラスゴーでも0730まで利用可能)ロンドン発時はグラスゴー行きとエディンバラ行きの併結なので長い編成です。ホームに入り最後部へ行くとELが連結されてます。回送用なのかこのまま繋がれて走るのかは分かりません。


 最後部のELです。編成は座席車が1輌、ラウウンジカーが1輌、寝台車(個室)が6輌の編成が2本をつないだ長いもので前のELはホームからはみ出していて先頭部は撮れません。

 
先頭のEL。後部とは異なる形です。


 寝台車のサイド。こちらは客室側です。


 廊下側のサイド。窓は少ないです。


 こちらはラウウンジカーです飲み物、軽食を販売しています。


 寝台個室の内部、寝台は2段式で上段はたたまれています。


 テーブルを開けると洗面台があります。 室内はオロネ25より広かったです。
部屋の鍵は内側からはロックできますが外からはかけられません。朝食が料金に含まれているので希望をチェック(個室で摂るか、ラウンジで摂るかとオカズを選ぶ。)して廊下側ドアノブに掛けて休みます。


寝台車の廊下は狭いです。車椅子での乗車は大変そうです。

前泊が飛行機だった事もあり、翌朝朝食が配られるまで熟睡しました。
日本のブルートレインと違って発車時、停車時の衝動(いわゆるドンツキ)が無い(バッファーの効果と思います。)のも熟睡できた要因でしょう。
第1回(1日目)終わり。
 
お断り、この記事は2018年の記録です。確認しておりませんが、現状はヴァージントレインは運行を縮小の後、撤退。カレドニアンスリーパーも車輛を新型に置き換えたもののその後撤退。JTBはレイルパスの取り扱いを終了。との話を聞いております。これから現地を訪問される方はお確かめ下さい。以上