小樽築港機関区

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2019年11月25日月曜日

 大村湾をめぐる 大村線 と 長崎本線 1971.7.28

 この日は大村湾沿いに、大村線と長崎本線を撮影しながら、長崎に向かう1日です。

 小串郷駅の先で、DLの牽引ですが貨物列車が来るので、小高い場所に陣取り、海をバックに通過を待ちます。


 大村線では無煙化が進み、数少ないSL牽引の通勤列車が狙い目ですが、もう少し先の川棚駅を過ぎたところの海側から撮ることにしました。

 先行して、DC急行が通過します。


 続いて本命の客レで、C57 が姿を見せました。


 平坦線のためか、煙は全く見えません。


 均整の取れた C57 が、通過して行きました。


 次に向かったのは長崎本線の東園駅で、今では新線が開通して列車本数が激減しましたが、海辺の風光明媚なところにあります。

 この日は好天なのは良いのですが、連日の暑さでバテ気味で、駅撮りで怠けました。

 大草駅方向から、上りの急行DCが回り込んできます。


 後を追うようにやって来た貨物列車は、DD51 の牽引です。


 反対方向から、下りの 寝台特急さくら が姿を現わしました。


 付属編成を切り離したので、最後尾は切妻の姿です。


 終着の長崎駅に向かって、海沿いの道を進んで行きました。


 やって来た上り貨物は、回送でしょうか、珍しく DD51 の重連です。


 東園駅の通過線を、下りの夜行急行が通過するのを、駅員が姿勢を正して見送っていました。


 今度はホームのある停車線側に、D51 が下り貨物を牽引して入線してきます。


 結局この日に撮影できたSL列車は、2本だけでした。

2019年11月23日土曜日

 松浦線の C11 と 8620 1971.7.26

 唐津線の撮影の翌日は、松浦線を撮影しながら終点の佐世保駅を目指す行程です。

 ここは全線で100km近い長さにおよびますが、今では三セクになり、名称も変わってしまいました。

 途中の伊万里駅でスイッチバックし、運転系統も変わるのですが駅には立ち寄らず、勾配区間が始まる松浦駅まで急ぎました。

 筑前御厨駅との間に峠越えがあるので、下りの客車列車を待ちます。


 門デフの C11 の牽引ですが、客車が2両だけなので、33‰でも煙の出が思わしくありません。

 次は上りの客レなので、先に進んで、筑前御厨駅近くの踏切で発車して来るところを待ちうけました。


 さらに進んで平戸口駅の先の、25‰の勾配区間で、今度は貨物列車の通過を待ちます。


 貨物は 8620 の担当ですが、暑さのためか、ここでも煙はありませんでした。


 日本最西端の駅である平戸口駅に行ってみました。

 上りの貨物列車を見学に、近在の子供たちが集まって来ました。


 少し戻って、33‰とSカーブの続く田平駅側でこの上り貨物を待ちます。


 今回は黒煙を上げてくれました。

 次の上りの客レも、煙を期待して同じ場所で待ちます。


 貨物以上の力闘ぶりを見せてくれました。

 さらに移動を続けて、潜龍駅の先に向かいます。

 ここも25‰の勾配区間で、コンクリートアーチ橋が多くみられる場所です。


 残念ながらこの程度の勾配では煙が上がりませんでしたが、アーチ橋やコンクリートの遺構らしきものが一緒に写せました。


 開けた築堤区間に出ると、ようやく煙を上げ始めました。


 道路橋も石積みのアーチ橋になっています。

 ここからまだ先が長いので、これにて撮影を終了し、車を走らせました。

2019年11月21日木曜日

 高森線 そして 唐津線 1971.7.26

 この撮影旅では、特別な目的列車が無い限り、普通に朝食を済ませてから出発する軟弱鉄なので、この日最初の撮影は、高森線の上り2番列車でした。


 既に高くなった太陽を背に、上り客車列車が高森駅を発車して来ました。


 この先追い越して、中松駅と阿蘇下田駅の間で再び撮影します。


 阿蘇の外輪山に囲まれた中を、コンプレッサーの排気のみを出しながら、立野駅へと走り去りました。


 次の目的地は 9600 の活躍する唐津線で、150km程度の移動となり、道路が整備されていない時代なので大変です。

 唐津線は多久駅と厳木駅の間に急勾配のサミットがあり、有名撮影地で、上下の列車がそれぞれ勾配に挑む姿が撮影できます。

 上り貨物を撮影すべく厳木駅側に行ったのですが、暑さのためか、全く煙が見えません。


 次は下り貨物なので多久駅側に移動します。

 築堤の上を、今度は煙を上げながら近づいて来ました。


 本来ならば補機付のはずですが、荷が少ないので、単機での牽引となったようです。


 本日の撮影はこれまでと、さらに先にクルマを走らせていると、踏切で警報機が鳴り始めました。

 何か来ると、慌てて車から飛び出し、カメラを構えていると、


 やって来たのは先程撮影した下り貨物で、列車の速度が遅いので、追い越してしまったのでした。

2019年11月19日火曜日

 阿蘇をめぐるSL 1971.7.25

 阿蘇山とSL となると、阿蘇連峰を横断する豊肥本線の 9600 と、外輪山の中をめぐる高森線の C12 が思い出されます。

 この日最初に狙ったのは、午前中に立野の三段スイッチバックを行く、豊肥本線の上り貨物列車です。

 立野駅から少し下がった、スイッチバックが三段とも見える国道脇にて通過を待ちますが、先行して、上りの急行DCが急勾配を下って来ました。


 折返して、二段目を逆方向に降りてきます。


 急行DCの通過後、下り貨物が 9600 の推進運転で、やって来ました。


 9600 のフロントデッキに、梃子扱いの係員と思しき人を乗せて、上って行きます。


 列車の姿が見えなくなってしばらくたつと、汽笛一声、赤水駅を目指して、はるか上の方をゆっくりと上って行きました。


 豊肥本線の貨物列車はこれで当分来ないので、高森線の長陽駅に向かいました。

 高森線は、立野駅から高森駅に向けて一方的な上り勾配で、上り列車は駅の発車直後しか煙を出さないので、長陽駅のすぐ近くで撮影します。


 それに対して C12 のバック運転の下り列車は、力行運転を続けて、煙を上げてくれます。


 この下りの客レを追いかけましたが、終着の高森駅近くでは、さすがに絶気運転になってしまいました。


 高森駅では、C12 を付け替えて、上り列車の準備をしています。


 上り列車は混合列車では無いので、駅構内に貨車を残したまま、軽やかに発車して行きました。


 今日の宿は、阿蘇の外輪山の中にあります。

2019年11月16日土曜日

 肥薩線 ついでに 湯前線と三角線 1971.7.24

 まだ曇ってはいるものの、昨日の豪雨はすっかり上がってくれましたが、この日は熊本まで移動しなければならないので、矢岳越えはあきらめなければなりませんでした。

 最初は近場の湯前線に行き、肥後西村駅で普通DCを撮影します。


 肥薩線の D51 の走りを撮影していないので、人吉駅と大畑駅の間の線路を越える道路からならば時間的に間に合うので向かいました。

 先に急行DCが、人吉駅へと下って行きました。


 交換で、D51 が混合列車を牽引して、元気な姿を現わしました。


 客車のデッキから身を乗り出しているのは、鉄でしょうか。


 後補機も、猛然と押上げてきます。


 このあとは、川線を撮影しながら車を走らせます。

 先ずは、渡駅と那良口駅の間で、客レを迎え撃ちました。


 続いては一勝地駅の周辺です。

 川沿いで景色は良いものの、撮影の足場が見つからないうちに、上り貨物が来てしまいました。


 門デフ付の100号機で、もっと良い場所で撮れればと悔やんでいます。

 次は下りで、発車後の加速して行く姿です。


 再び下流に向けて進むと、対岸に停車中の列車が見えました。


 C57 に1両だけの客車が付いています。

 肥薩線と分かれて北上し、熊本の手前で、三角線の貨物列車が撮影できるので、そちらへと寄り道します。

 海と一緒に撮れる場所を探して、住吉駅と肥後長浜駅の間にクルマを停めると、先ずは 急行火の鳥 のお出ましです。


 当時はこんなローカル線でも急行が設定されていたのですね。

 反対方向から下り貨物が来ましたが、海との間に道路があるのであまり宜しくありません。


 これにて終了で、再び車を走らせて、今夜の宿に向かいました。

2019年11月14日木曜日

 豪雨に見舞われた 大畑駅 の D51 1971.7.23

 昨日の晴天とはうって変わって、この日は朝から強い雨が降り続いていましたが、それでも予定通りに肥薩線の大畑駅に、D51 の雄姿を求めて車を走らせました。

 駅までの細くてぬかるんだ道を何とか通り抜け、辛うじて到着しましたが、豪雨が降り続き、駅舎からは出られませんでした。

 そんな中を、上りの混合列車が到着したので、駅の中から撮影します。


 後補機を先頭に、スイッチバックした列車が入線してきました。

 天候回復を待つために、しばらく停車することになったようです。


 発車する気配は全くありませんが、少し小降りになって来たので、外に出て撮影しました。


 この頃は、空も少し明るくなって来たようです。


 ホームのはずれの、後補機の様子も見に行きました。


 上がりかけたと思ったら雨は再び強くなり、また駅舎から出られなくなりました。


 どこから来たのか、女性が列車の様子をうかがっています。


 天候の回復が見込めないので、本日の列車の運休が決まり、停車中の混合列車は人吉駅まで下ろすことになりました。


 雨の中ですが、発車の様子を撮影に行きます。


 後補機は力行もせずに、目の前を通り過ぎて行きました。


 駅からの細道が豪雨で崩れもせずに、よくぞ無事に人吉駅まで戻れたものだと、今更ながら思い出されます。