小樽築港機関区

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2022年8月16日火曜日

 秋田から青森を巡る旅(その3) 2020.7.9

 秋田、青森とまわって、この日は北海道新幹線で函館に向かいます。

 朝のうちから弘前市内を観光し、弘前駅に戻ってJR線に乗車しました。

 弘前駅のホームからは、すぐ横に併設された弘南鉄道のホームが見え、ここにも東急電車が停車しています。


 反対側のJR線の側線には、こちらに来てから見飽きた701系が停まっていて、その先にはタラコ色がいます。


 乗車するのは、やはり701系でした。


 新青森駅から先は、新幹線に乗らないと津軽海峡を線路では通過できません。


 新函館北斗駅からは接続の はこだてライナー ですが、快速 だったので、瞬く間に函館駅に到着しました。


 旅はこれでおしまいなのですが、これでは鉄分が少ないので、函館市電の写真を少々。

 函館には部屋を1室所有しているので時々滞在し、市内をうろつくときに市電の写真を撮っていますが、一眼レフを構えて本格的に撮ったことはありません。

 なので、今回もほんのスナップ程度の代物です。


 函館市電は経営が悪化して路線を縮小してしまい、今残っているのは2系統だけです。


 全ての車両にはラッピングが施され、スポンサー企業の宣伝に使われています。


 全ての車両が異なったラッピングで、同一企業のものはありません。


 純国産の超低床車の導入が進み、2両編成の9600系ラックル号の増備が進んでいます。


 ラックル号には下の写真のようにラッピングが施されていないものも存在し、また、時々短期間で記念ラッピングが行われることがありました。


 現在残っているのは2系統ですが、系統番号は 2と5 で、以前からの系統番号を継承しています。


 ラッピングは主に側面なので、この電車は前から見ると緑色が目立ちますが。


 ところが側面はこんな様子で、NHKの広告塔でした。


 もう一つおまけを。

 函館駅に直結した JRイン のフロントからエレベータまでの床には、線路模様が付けられていて、壁面には DE10 が描かれています。


 2020号機なのは、開業年を示していると思われます。


2022年7月19日火曜日

 長万部から瀬棚線跡を訪ねる 2019.6.27

 函館でレンタカーを借り、瀬棚から尻内をまわるドライブに出かけました。

 瀬棚線はSL現役当時は C11 が走り、急勾配の美利河峠越えがあり、魅力的ではあったのですが、訪れることが無いうちにSLが廃止されたばかりでなく、路線そのものも1987年3月に廃止されてしまいました。

 そんな瀬棚線沿いを走ってみようと思い立ったのですが、先ずは少し手前の長万部駅を訪ねてみました。


 かつては旅行客でにぎわった長万部駅ですが、駅構内にはDCが2両いるだけで、広い駅前広場には、人も車も見当たりませんでした。


 駅の反対側の方に長万部町民センターがあり、ここには鉄道関係の写真や資料が展示されていますが、玄関ホールには、D51 の煙室扉や動輪等が置かれています。


 瀬棚線の廃線跡を探すことも無く、車を走らせ続けて美利河ダムに到着し、長万部で買ったかにめしで昼食としました。

 その先、今金駅の跡地に着きましたが、線路と駅の跡は整備され、線路と路盤、そしてレプリカですが、各駅の駅名標が立てられていました。


 終点の瀬棚駅のあった場所は、全く様子が変わってしまっていましたが、駅名標と48kmのキロポストが設置されています。


 その近くには、瀬棚線の各駅名が書かれた、記念碑も並んで立てられていました。


 せたな町生涯学習センターの中には、瀬棚線の現物資料が展示されています。


 運賃表は、廃止当時のものでしょうか。


 瀬棚駅の配線図もあり、ターンテーブルや庫があったことを示しています。


 この先はおまけで、せたな町からドライブを続けて、知内町の道の駅しりうちに併設された、知内新幹線展望塔に行きました。

 ここは北海道側の青函トンネル入り口の手前で、新幹線線路の脇に在来線貨物列車を退避させる線路があります。

 ちょうど木古内駅方向から新幹線がやって来ました。


 ポイント覆いを通過して行きますが、このずっと先の方に青函トンネルの入り口があります。


 今回は瀬棚線の跡を辿ってみましたが、だんだん廃線跡や保存機を訪ねることが多くなって来たようです。