小樽築港機関区

小樽築港機関区

2019年12月31日火曜日

 関西本線 柘植駅(その1) 1972.8.12

 草津線経由で関西本線の柘植駅に来たのですが、途中から急に降り出した雨が非常に強く、駅のホームの屋根のあるところにしかいられない状況でした。

 そんな中で、下りの貨物列車を D51 が牽引してきましたが、近寄ることもできません。


 ちょうど駅名標の横に停車しました。


 反対方向からは、上りの貨物列車が到着です。


 ターンテーブルの近くにいた D51 が、後ろから近づいて来ました。


 貨物列車の最後尾に、後補機として連結されます。


 間もなく鈴鹿越えに、勢いよく出発して行きました。


 次に発車したのも上り貨物ですが、柘植駅は関西本線と草津線のホーム以外にも線路があり、この列車は一番南側からの出発です。


 今度は峠を降りてきた上り貨物の到着です。


 跨線橋に上がり、この列車の先頭方向を見ると、右から草津線が曲がり下りてくるのと、さらにその右側にターンテーブルや側線があるのが分かります。


 外吊戸が目立つ35系DCと並んだ、この貨物列車の後方には補機が付いていますが、開放する様子はなく、そのまま発車して行きました。


 依然として豪雨が降り続く中を、短い編成を牽いて、単機で峠を目指して上り貨物が発車して行きました。


 少し小降りになった頃に、下りの貨物列車が中線に入って来ます。


 目の前に停車し、ここで補機を解放しました。


 間もなく雨が上がるのですが、写真の枚数が多いので、この続きはまた後日に掲載します。

2019年12月29日日曜日

 仙台ベースの撮影記 5 会津滝ノ原線 1972.7.26

 長居した仙台からの撮影の最終日は、会津線の桑原駅に行きました。

 今では大川ダムの底に沈み、消滅してしまいましたが、当時は谷底の駅で、上下方向いずれも急勾配の撮影適地でした。

 先ずは駅の南側の鉄橋で、下り貨物からです。


 毎度のことながら荷が少なく、そのためか、あるいは暑さのせいか、急勾配に挑むにしては大した煙ではありません。


 次は上り貨物です。

 こちらは猛然と加速してきました。


 画面右側には、下り貨物を撮影した鉄橋が写り込んでいます。


 上三依駅側はトンネルが控えているので、それまでに精一杯加速するのでしょう。


 これで東京に向かうのですが、途中の会津田島駅で寄り道をします。


 到着した下り貨物列車から、C11 を切り離します。


 そしてターンテーブルで方向転換し、上り貨物に備えます。


 もう既に陽が傾き始めていますが、当時の整備されていない道を、時間をかけて深夜に帰宅しました。

2019年12月27日金曜日

 仙台ベースの撮影記 4 磐越西線・会津只見線 1972.7.25

 陸羽東線の撮影から二日間おいて、この日は磐越西線と会津只見線に出かけました。

 会津から磐西線の無電化区間に向かうのですが、途中の塩川駅で、日中線に直通する C11 の牽引する客車列車が本日最初の撮影です。


 次に磐越西線の上り貨物が来ますが、電化区間でも会津若松駅までは D51 の牽引なので、笈川駅との間で待ちました。


 次の上り貨物の撮影で、山都駅を越えて荻野駅との間で場所を探したのですが、適当なところが見つからず、やむなく線路端での撮影とします。


 このあとの磐西線の貨物は当分先なので、会津只見線に向かいました。

 塔寺駅と会津坂下駅の間で、下りの客レが撮影できます。


 夏草をかき分けてやって来ましたが、気温のせいで、音の割りに煙がイマイチでした。


 撮影後は磐西線に戻り、喜多方駅の西側の、濁川の鉄橋で下り列車を待ちます。


 天気は良いのですが、強風で草木が大きく揺れています。


 幸い、後ろからの風に煙が巻かれることはありませんでした。


 D51 は、会津盆地を抜ける勾配に向けて、加速して行きました。


 このあと、再び会津只見線に向かいます。

 会津坂下駅を発車して来る上り貨物列車を狙いました。


 今見ると、実に長閑な景色です。

2019年12月25日水曜日

 仙台ベースの撮影記 3 陸羽東線-2,3 1972.7.21-22

 二日間続けて石巻線と陸羽東線で撮影したのですが、この日は中休みとばかりに朝から怠けていましたが、何もせずにいるのも退屈になり、小牛田駅まで車を走らせました。

 陸羽東線の始発駅で、C58 がいるだろうと向かったのですが、駅構内のはずれのターンテーブルに乗っている姿が見えました。


 何やら大勢の作業員が見守る中を、ターンテーブルが回転しています。

 最初から見ていないので作業内容が分からないまま、C58 は走り去ってしまいました。


 これだけ見届けて、この日はさっさと引き上げてしまいました。

 翌日はまじめに早起きして、やはり陸羽東線ですが、堺田駅を越えた羽前赤倉駅側で、朝の下り貨物を撮ることにしました。

 ロケハンで走り回ったのですが良い場所が見つからず、通過時間になってしまったので、やむなく鉄橋の下から見上げての撮影になってしまいました。


 その後は、堺田駅を越えて中山平駅側のいつもの鉄橋に行き、下りの貨物を撮影します。


 今度は川渡駅と池月駅の間で、朝撮影した重連の下り貨物を再び待ちました。


 その次の下り貨物は、上り勾配なので煙が期待できます。


 花を入れての撮影ですが、モノクロだとゴミが写っているようです。


 撮影後は川渡駅に向かいます。


 到着した下り貨物牽引の C58 に給水し、貨物列車の前部に補機を連結して、重連運転の準備をしていました。


 先回りして、中山平駅の先の鉄橋で撮ったのですが、前補機は安全弁を噴き出して、肝心の煙が上がってくれませんでした。


 その先、区界駅の西側の道路橋に行くと、前補機の解結作業をやっています。


 単機牽引の身軽な姿になって、堺田駅を出発して行きました。


 陸羽東線が続いたので、次はどこか別の線に行くことにして、この日は帰宅しました。

2019年12月23日月曜日

 仙台ベースの撮影記 2 陸羽東線-1 1972.7.20

 仙台の2日目は陸羽東線です。

 ここで使用されているSLは C58 ですが、急勾配の峠越えがあるので補機の運用もあり、列車本数も多いので楽しめる路線です。

 最初に向かったのは池月駅で、到着する貨物列車を狙います。


 ここは材木の積出しが多く、貨物ホームには山積みされていました。


 お隣の川渡駅に寄ってみると、まだ紫陽花が咲いていたので、停車中の C58 と絡めて撮ってみました。


 下り貨物列車の時間を見計らいながら、鳴子駅の先の鳴子峡を渡る鉄橋を見下ろす国道でスタンバイします。

 ここはトンネルの間で間口が狭く、晴れていれば逆光で、撮影には神経を使います。


 撮影後は再び川渡駅に向かいました。

 貨物列車と交換の、C58 重連牽引の貨物が到着します。


 川渡駅ではこの先の峠越えに備えて、給水や補機の連結を行うので、C58 の姿が良く見られますが、この時は前補機の連結を終え、下り貨物が出発の時を待っていました。


 その手前に、もう1本の下り貨物が到着です。


 重連の貨物を撮影すべく、中山平駅と堺田駅の間の鉄橋に先回りします。


 この列車は堺田駅に到着後、前補機を切り離しますので、その間に羽前向町駅の先に行き、陸橋の上で通過を待ちました。


 既に下り勾配区間なので、煙はでているものの、軽く流しています。


 このC58215 は煙室扉のハンドルのリングが無いので、気に食わないカマでした。