小樽築港機関区

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2020年12月9日水曜日

 桜が見頃の 御殿場線 1992.4.4

 御殿場線の山北駅の少し先、急勾配が始まるあたりには、線路の両側の土手の上には桜並木があり、花の季節には賑わいを見せていました。

 この年の4月に、そろそろ満開かと思い、久しぶりに訪れてみました。

 咲き誇る桜のトンネルの下を、最初にやって来たのは 115系 の下り普通電車でした。


 次は 特急あさぎり4号 です。


 小田急のロマンスカーの運用でした。


 今度の あさぎり3号 は、JRの車両です。


 グリーン車には、ダブルデッカーが使用されていました。


 勾配を上る後ろ姿を見送ります。


 一通りの車両が撮れたので、谷峨駅に行ってみました。


 D52 が走っていた時代とあまり変わりが無いように見えましたが、駅の背後の上空には、道路橋が横切っています。


 御殿場駅を過ぎて、かつて富士をバックに D52 を撮影した岩波駅と富士岡駅の間に行ってみましたが、このあたりには桜の木が有りませんでした。

 なので、菜の花を入れて撮ってみます。


 特急あさぎり6号 はJRの編成で、これもダブルデッカーを撮っておきました。


 これだけの撮影で引き上げたのですが、御殿場線の特急が無くなり、今となってはこれらの車両をもっと撮っておくべきだったと後悔しています。

2020年7月9日木曜日

 正月の富士山を巡る鉄道 1985.1.2

 1985年が明けて1月2日、天気も良いので、富士山をバックに撮影できるポイントを巡ることにしました。

 先ずは伊豆箱根鉄道の大雄山線で、飯田岡駅と相模沼田駅の間ならばと見当を付けて向かいました。

 確かに白い雪を頂いた富士山が見えるのですが、周囲の低い山並みが邪魔をして、頭が少し見えるだけです。


 架線柱が順光側なので線路に近づいて待っていると、ライオンズマークを付けた、青い新型がやって来ました。


 次は見慣れた塗色の旧型ですが、こちらのヘッドマークはレオのマークを賀正の文字で囲んであります。


 少し離れた場所で待っていると、今度も少々異なった色合いのヘッドマークを付けています。


 最初に撮影した編成がまたやって来ました。


 次は新型の青い編成なので、もう一度富士山と一緒に撮影します。


 同じ電車を撮っても仕方が無いので移動を開始し、今度は足柄駅と御殿場駅の間の、富士山バックの有名撮影地です。


 正月二日から撮影に来ているのは、我々だけでした。


 各停、急行に続いて、本命の小田急からの乗入れ SSE車 なので、正面勝ちに富士山を大きく入れて撮影します。


 時間がたつにつれて、正面に陽がまわらなくなってきました。


 御殿場駅で折り返してきた SSE車 を、今度はサイド寄りからの撮影とします。


 ここからさらに西に移動し、身延線の西富士駅と沼久保駅の間ですが、ここからは富士山の西側の斜面が正面に撮れます。


 再び移動して、竪堀駅と入山瀬駅の間の鉄橋です。


 この時間になると、あれだけすっきりと見えていた富士山にも、白い雲が纏わりついて来ました。


 正月早々から長居はできないので、これにて切り上げて退散しました。

2019年7月2日火曜日

 電化の迫る 御殿場線 1967.9.23-24

 東京から程近い御殿場線ですが、クルマ社会ではなく、まして学生の身ではおいそれとは撮影に行けませんでした。

 それでも電化が翌年に迫って来たので、友人と二人で頑張って行くことにしました。

 その友人の親戚が沼津に在住で、土曜日に泊めてもらえることになり、昼で学校が終わると沼津駅を目指して旅立ちました。

 まだ陽のあるうちに到着したので、沼津駅のはずれの線路端に向かうと、C50 が入れ替え作業をやっていました。


 また、御殿場線の脇では、夕方の通勤列車の組成作業を D52 がやっていて、その1本前のDC列車が本線を通り過ぎて行きました。


 翌日未明に飛び起きて、朝一番のDC列車で向かったのは、富士岡駅と岩沼駅の間の急勾配区間です。

 通勤列車は長編成なので客車列車で運転されていて、これが狙い目なのですが、線路端を歩けども両側にススキが迫り撮影場所が見つからないうちに、下りの客レが来てしまいました。


 そして本命の上り客レも、同じ様な場所で撮ってしまいました。


 朝日が昇って暖かくなり、早起きのせいでうたた寝をしていたら、D52 のドラフト音で目が覚め、慌てて数少ない貨物列車を撮影しました。


 このあとは客レなので通過時間は分かっていたのですが、やはりロクな場所を探せませんでした。


 まだ明るい昼間なのですが、明日の学校に備えて早々と御殿場駅から小田急の乗り入れDCに乗車し、新宿駅まで戻りました。


 結局御殿場線の D52 の撮影はこれが最後で、良い被写体なのにそれに見合う腕が無く、今でも残念に思います。

2019年6月12日水曜日

 御殿場線の D52 1966.8

 この年の夏休みに、鉄道研究会の先輩に連れられて、初めて今でいう撮り鉄に出かけました。

 御殿場線では D52 が取り残されたように活躍していたのですが、これを撮影するために夜行の客レに乗車し、未明の沼津駅で下車して夜明かしし、始発の上り列車で富士岡駅に向かいました。

 ここは急勾配の途中に駅があるので、スイッチバックになっていました。


 通勤客が待つ中を、D52335 の牽引する下り列車が到着しました。

 このあと少し岩波駅側に歩いて、やって来た貨物列車を撮影します。


 富士岡駅に戻ると、先程下りの客レを牽引していた D52335 が、今度は上り列車の先頭に付き、短時間の停車の後、勢いよく出て行きましたが、暑いためか、煙は見えません。


 客レが来ないうちにDC列車で移動し、谷峨駅と駿河小山駅の間の川原に降りて涼んでいたところ、変形デフの D52396 が頭上の鉄橋を通過して行きました。


 そろそろ帰りの時間になので谷峨駅に行くと、下りの客レを D5270 が牽引してきました。


 鉄道以外に移動手段が無く、あとは暑さの中を歩くのみの、初めての撮影旅行でした。

2018年3月19日月曜日

御殿場線の桜と相互乗入れ 1992.4.4

 今年の桜の開花は例年より早いようですが、この年の4月始めに御殿場線の桜の名所、山北駅を訪れました。

 前年から御殿場線の特急列車が沼津駅まで延長され、そのためにJRと小田急がそれぞれ2階建て車両を含む新車を投入した、一番華やかな時代でした。


 山北駅の北側、谷峨駅寄りの桜は満開で、下りの各停が発車して行きました。

 次に来るのは上りの 特急あさぎり4号 です。


 この列車は、小田急の 20000形RSE車 で運用されていました。


 今度は反対方向から、特急あさぎり3号 ですので線路際に降りてみました。


 こちらは JR371系 が使用されています。


 撮影後は、お隣の谷峨駅に行ってみました。


 ホームのすぐそばの桜がやはり満開です。

 上り列車に続いて、下りの各停もやって来ました。


 このあとも富士岡駅方面に向かったのですが、桜を入れた撮影はできませんでした。

 今回撮影の2社の特急列車は、乗客減少で2012年3月になくなり、MSE車 による御殿場駅までの片乗り入れという、昔の姿に戻ってしまったのは残念です。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓連日の陸羽東線 1972.7.21~22 より

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2017年8月22日火曜日

正月の富士をめぐるローカル3線 1985.1.2

 現役SLの記事の方は、1971年分が終わり年が改まるのですが、その後の方についても、新年を迎えての撮影記録です。

 正月と言えば定番の富士山、とばかりに、正月早々富士山をバックに撮影できるローカル線をめぐりました。

 最初に訪れたのは伊豆箱根鉄道大雄山線の、飯田岡駅と相模沼田駅の間です。


 朝日の中を旧型電車がやって来ましたが、肝心の富士山は頭が少し見えるだけで、もっと良い場所があったのかもしれません。


 新登場の車両には、西武レオのヘッドマークが付いていました。

 今度は、更に「賀正」の文字まで入っています。


 次は大きく撮れる富士山を求めて、定番の御殿場駅と足柄駅の間の撮影地に向かいました。

 案の定、富士の綺麗な冬姿が見られる中を、最初に来たのは各停115系でした。


 そして、165系も続きます。


 ようやく真打の登場で、小田急のロマンスカー SSE車 です。


 次の撮影地は西に向かい、身延線の西富士宮駅と沼久保駅の間に行きました。


 同じ日の撮影なのに、西側の斜面には雪が少ないです。

 最後はこれまた定番の、竪堀駅と入山瀬駅の間です。


 急行に続いて、身延カラーのローカルがやって来ました。


 早くも陽が傾き始めて、富士をめぐる撮影を切り上げました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。
 バナー画像を交換しました。↓湯前線・肥薩線・三角線 1971.7.24 より

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