喜多方駅から熱塩駅までわずか11.6kmの盲腸線である日中線は、朝・夕・晩の1日3往復だけの超閑散路線でした。
日中線の日中は、熱塩駅の先にある日中温泉からとったようで、当初はさらに北に向けての延伸計画がありました。
今回は会津線での撮影のあとに、夕方の列車を撮影すべく、熱塩駅に向かいました。
C11 のバック運転で、列車が到着します。
夕方なので、下校する学生が乗客の大半を占めています。
車掌さんがポイントを切り替えて、機回しを行います。
かつてはターンテーブルがあり、貨物扱いもありましたが、既に無人駅になっています。
暫しの休憩後、殆んど乗客のいない客車2両の軽い荷を牽いて、走り去って行きました。
会津加納駅では貨物扱いがあり混合列車になるので、その間に先回りして、鉄橋で通過を待ちます。
さらに会津村松駅でも追い越せました。
陽の長い時期ですが、既に夕空が広がる中を、C11 が通過して行きました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2019年11月6日水曜日
2017年7月6日木曜日
超閑散線の日中線 1971.6.12
磐越西線の喜多方駅から分岐する日中線は、朝、夕、晩に各1往復、つまり1日3往復だけ運転される超の付くローカル線でした。
熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。
この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。
C11バック運転の下り列車が到着しました。
学校帰りの女学生が下車し、線路脇を通って帰宅して行きます。
機廻し線を使って、C11を付け替えます。
無人駅なので、車掌さんが旗振りをやっています。
熱塩駅の駅舎は、模型にしたくなるような好ましい形をしています。
機関車の付替えを終え、時間になったので発車して行きましたが、乗客の姿は見当たりませんでした。
次の会津加納駅では貨物の扱いがあり、ここからは混合列車になります。
先回りして、鉄橋で列車の到着を待ちました。
もう一度先回りして、会津村松駅の南で撮影しましたが、日の長い時期とはいえ、そろそろ夕暮れが迫って来ました。
日中線はこの辺りの最後のSL運転路線になったようですが、日中線そのものが1984年に廃止されてしまい、熱塩駅は鉄道記念館として残されています。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。
この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。
C11バック運転の下り列車が到着しました。
学校帰りの女学生が下車し、線路脇を通って帰宅して行きます。
機廻し線を使って、C11を付け替えます。
無人駅なので、車掌さんが旗振りをやっています。
熱塩駅の駅舎は、模型にしたくなるような好ましい形をしています。
機関車の付替えを終え、時間になったので発車して行きましたが、乗客の姿は見当たりませんでした。
次の会津加納駅では貨物の扱いがあり、ここからは混合列車になります。
先回りして、鉄橋で列車の到着を待ちました。
もう一度先回りして、会津村松駅の南で撮影しましたが、日の長い時期とはいえ、そろそろ夕暮れが迫って来ました。
日中線はこの辺りの最後のSL運転路線になったようですが、日中線そのものが1984年に廃止されてしまい、熱塩駅は鉄道記念館として残されています。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
↓応援のクリックをお願い致します↓![]() |
| にほんブログ村:同様のブログ一覧表 |
登録:
投稿 (Atom)















