超高層建築がようやく建てられ始めたこの当時、1970年に浜松町駅に隣接して建設された貿易センタービルは、40階建てで高さは152mあり、最上階に展望台がありました。
ここからならば線路を俯瞰撮影できるだろうと、二眼レフにカラーフィルムを詰めて登ってみました。
案の定、汐留のヤードをバックに、新幹線の全編成が撮影できます。
上のカットは上りのこだま、12両編成で、バックの汐留では貨物輸送が盛んだった様子が見られます。
もう少しカメラを下に向けて、16両のひかりの長い編成を一杯に収めてみました。
場所を変えて田町駅方向を臨みます。
曇天なので、逆光にならずに済みました。
モノレールの下を通過して行きますが、浜松町駅に進入して来た京浜東北線は、青と緑の混色編成です。
この頃、山手線にはクーラーがようやく搭載され、屋根の上に乗せられているのを見て喜んでいました。
12枚しか撮影できないのに、東京タワーが横に見えるのが珍しく、1枚撮ってしまいました。
高さが31mを超える建物が少なく、東京の空が広かった時代です。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2019年12月9日月曜日
2017年8月16日水曜日
超高層から見た0系新幹線 1971.10.9
SLがまだ現役の頃、SL以外もたまには撮影しており、この日は新幹線を撮りに浜松町の超高層ビル、世界貿易センタービルの展望台に上がりました。
1970年竣工の日本で2番目の超高層ビルで、40階建152mの最上階ですが、鉄道写真を撮影している人などいませんでした。
線路の西側に位置するので、光線を考えて午後に上りましたが、薄曇りで陽射しは関係なく、南に向いての撮影もできたので結果的には良かったようです。
汐留のヤードが健在で、鉄道ファンには楽しい光景です。
0系16両の列車のみ、全景を撮ってみました。
こちらは こだま号 で、12両編成です。
一方 ひかり号 は16両編成で、利用者数の差を編成の長さで対応し、共通運用は行っていませんでした。
南側も逆光にならず、撮影できました。
モノレールの下を通過して行きますが、浜松町駅に進入中の京浜東北線には、山手線のお下がりのウグイス色が組み込まれています。
冷房がやっと付けられた103系の山手線も、1枚だけ撮影しました。
フィルムはブローニー版の12枚のみなので、あれこれ撮れませんでした。
それでも記録として東京タワー側を撮影しました。
この当時はタワーの第1展望台は赤く塗装されており、周辺には高い建物が無く、見通しが良かったですね。
いつもご覧頂きありがとうございます。↓陸羽東線のC58 1971.5.29 より
1970年竣工の日本で2番目の超高層ビルで、40階建152mの最上階ですが、鉄道写真を撮影している人などいませんでした。
線路の西側に位置するので、光線を考えて午後に上りましたが、薄曇りで陽射しは関係なく、南に向いての撮影もできたので結果的には良かったようです。
汐留のヤードが健在で、鉄道ファンには楽しい光景です。
0系16両の列車のみ、全景を撮ってみました。
こちらは こだま号 で、12両編成です。
一方 ひかり号 は16両編成で、利用者数の差を編成の長さで対応し、共通運用は行っていませんでした。
南側も逆光にならず、撮影できました。
モノレールの下を通過して行きますが、浜松町駅に進入中の京浜東北線には、山手線のお下がりのウグイス色が組み込まれています。
冷房がやっと付けられた103系の山手線も、1枚だけ撮影しました。
フィルムはブローニー版の12枚のみなので、あれこれ撮れませんでした。
それでも記録として東京タワー側を撮影しました。
この当時はタワーの第1展望台は赤く塗装されており、周辺には高い建物が無く、見通しが良かったですね。
いつもご覧頂きありがとうございます。↓陸羽東線のC58 1971.5.29 より
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