C12 が走っていた頃に何度か訪れた足尾線ですが、1970年に無煙化されてから足が遠のいていたので、この年に久しぶりに様子を見に行きました。
足尾銅山は1973年に閉山されたのですが、その施設は精錬所として使われていて、貨物輸送が変わらずに行われていました。
最初に向かったのは間藤駅から足尾本山駅に向かう途中の踏切で、現在でもその痕跡が残っている場所です。
踏切近くの道路で、本山から下って来る上り貨物を待っていましたが、やって来たのは DE11 の単機です。
このあと同じカマが足尾駅から貨物を牽いて折り返してくるので、怪しげな道を通って先に進みました。
列車の背後に、先程撮影した鉄橋と踏切が見えます。
今度は本線の貨物列車があるので、原向駅を越えた沢入駅との間で、先ずは上り貨物から撮影します。
先程来お目にかかっている DE1151 の牽引です。
線路端は面白くないので、渡良瀬川の対岸に移動し、上りの普通DCから撮影しました。
次は下り貨物で、重連の牽引です。
無蓋車を連ねて、山に向かって上って行きました。
再び足尾駅と足尾本山駅の間の区間貨物を撮影のために、間藤駅を見下ろす地点に行きました。
下り貨物が、間藤駅のホームを通り過ぎて行きます。
山影になり光線は良くないのですが、遠くに足尾のはげ山をバックにした上り貨物の姿が見えました。
線路と山の間には本山小学校が残っていて、このあたりが栄えていたことが分かります。
再び間藤駅側を見ると、折返しの上りDCが本線上のホームに停まっていますが、かつては分岐して、駅舎の前のホームが使われていたことが分かります。
DCが行ってしまうと、足尾駅交換でまた下りの区間貨物がやって来ました。
再び上りの本線貨物を撮るために、先程と同様に原向駅の先まで行き、山から下りてくるのを待ちます。
C12 の頃とは違って、本線貨物は全て重連での運用のようです。
足尾線の貨物輸送は1987年に廃止され、その2年後には足尾線そのものが無くなり、第三セクター化されてしまいました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年8月29日土曜日
2019年10月17日木曜日
クルマで追いかけた 足尾線の C12重連 1970.7.21
足尾線の朝一番の C12重連貨物 を追いかけようと、頼み込んで前夜のうちにレンタカーを借り、仲間を拾いながら未明の道を足尾線へと向かいました。
神土駅の先、今では草木ダムに沈んでいる鉄橋を見下ろす国道から、列車の通過を待ちました。
川底近くの鉄橋を、小さな C12重連 が、力一杯走り抜けて行きます。
すぐに車に飛び乗ると、原向駅の先で追いつけました。
その後も追い続けますが、この当時の並行する国道は未舗装で道幅も狭いので、あまりスピードを出せません。
足尾駅に先回りでき、列車の到着を待ちます。
足尾駅がすべての貨物列車の終着駅で、この先の足尾本山までは、C12 の単機牽引による別のスジの列車が設定されています。
足尾駅の先の小さい鉄橋で、足尾本山に向かう区間貨物を撮影しました。
足尾駅の待合室に戻っていると、ヤマからバック運転の C12 が帰って来ました。
足尾駅では上りの一番の貨物列車の準備が整い、発車時間を待っています。
先回りして、草木駅と神土駅の間の朝と同じ鉄橋で、転がり下りてくるバック運転の重連を撮影しました。
次の下り貨物も、神土駅から重連になるので、発車のシーンを撮影します。
これも追いかけたいのですが、当時の道路事情ではレンタカーの返却時間に間に合わないので、諦めました。
それでも帰りがけの駄賃と、大間々駅でやってくる下り貨物を撮影します。
何と、前部に DE10 が付いていて、足尾線の無煙化が近づいているのを感じました。
神土駅の先、今では草木ダムに沈んでいる鉄橋を見下ろす国道から、列車の通過を待ちました。
川底近くの鉄橋を、小さな C12重連 が、力一杯走り抜けて行きます。
すぐに車に飛び乗ると、原向駅の先で追いつけました。
その後も追い続けますが、この当時の並行する国道は未舗装で道幅も狭いので、あまりスピードを出せません。
足尾駅に先回りでき、列車の到着を待ちます。
足尾駅がすべての貨物列車の終着駅で、この先の足尾本山までは、C12 の単機牽引による別のスジの列車が設定されています。
足尾駅の先の小さい鉄橋で、足尾本山に向かう区間貨物を撮影しました。
足尾駅の待合室に戻っていると、ヤマからバック運転の C12 が帰って来ました。
足尾駅では上りの一番の貨物列車の準備が整い、発車時間を待っています。
先回りして、草木駅と神土駅の間の朝と同じ鉄橋で、転がり下りてくるバック運転の重連を撮影しました。
次の下り貨物も、神土駅から重連になるので、発車のシーンを撮影します。
これも追いかけたいのですが、当時の道路事情ではレンタカーの返却時間に間に合わないので、諦めました。
それでも帰りがけの駄賃と、大間々駅でやってくる下り貨物を撮影します。
何と、前部に DE10 が付いていて、足尾線の無煙化が近づいているのを感じました。
2019年8月19日月曜日
足尾線の C12 二度目の訪問 1969.6.15
梅雨入り前の暑い日に、前年の冬以来2度目となる足尾線の撮影に参上しました。
そのまま乗車を続け、今回も重連区間である神土駅で下車、今は無き草木駅方向へと線路端を辿りました。
最初にやって来るのは上り貨物で、下り勾配のうえ C12 はバック運転なのであまりサマになりません。
次は下りの貨物で、当然ながら黒煙を上げながら力行してきますが、冬場の迫力には遠く及びません。
後ろ姿を見送ると、犬走りを荷物を背負った婦人が元気に歩いて来ます。
前の列車と同様に貨物の量が少なく、単機での牽引で十分だったようです。
単機牽引の後ろ姿を撮影したら、もう戻る時間です。
生来の怠けものですので、それ程の早起きをせずに出発し、足尾線のDCの乗客になったのは昼近くになっていました。
最後尾で眺めていたら、大間々駅で交換の上り貨物列車を牽引する C12 の顔が見え、慌てて撮影しました。
そのまま乗車を続け、今回も重連区間である神土駅で下車、今は無き草木駅方向へと線路端を辿りました。
最初にやって来るのは上り貨物で、下り勾配のうえ C12 はバック運転なのであまりサマになりません。
次は下りの貨物で、当然ながら黒煙を上げながら力行してきますが、冬場の迫力には遠く及びません。
後ろ姿を見送ると、犬走りを荷物を背負った婦人が元気に歩いて来ます。
今では見られない光景ですが、線路を歩くのは、当時は日常的な事だったのです。
このあとは足尾方向から単機の C12 が来るはずなのですが、一向に姿を見せず、下り貨物の時間になってしまいました。
前の列車と同様に貨物の量が少なく、単機での牽引で十分だったようです。
単機牽引の後ろ姿を撮影したら、もう戻る時間です。
前回は先に進み過ぎたので帰りの列車に乗り遅れましたが、今回は無事に予定通りに帰宅できました。
2019年7月6日土曜日
足尾線の C12重連 1968.1.28
足尾線には珍しい C12 が使われており、その上重連もあるらしいとのことで、友人と二人で渋谷の家から出かけました。
この当時は東武鉄道には全く馴染みが無かったので、国鉄利用で高崎線から両毛線、そして足尾線と乗り継ぎ、重連区間である神土駅に着いたのは既に午後になっていました。
このあたりは神戸(ごうど)という地名ですが、神戸(こうべ)駅と区別するため、神土駅となっていたようです。
今はダムの底に眠る草木駅方向に、撮影場所を求めてどんどん歩いて行くと、間もなく上り貨物列車が C12 のバック運転でやって来ました。
撮影後、横からのアングルを求めて川原へ降りると、今度は C12 が単機で下って来ました。
次の下り貨物を重連で牽引するためです。
しばらくすると逆光の中を、勢いよく煙を吹き上げながら C12重連 が近づいて来ました。
先程単機で下って行ったのが、次位に連結されています。
重連とはいえ速度が遅いので、何度もシャッターを切れます。
初めて見る C12重連 は、大迫力でした。
急いで神土駅に向かったのですが、あまりに遠くまで来ていたようで、途中で乗車すべきDCに追い抜かれてしまいました。
次の列車まで長い時間を待っていると、夕闇が迫る中に、また下りの貨物列車が神土駅に到着しました。
しばらく停車後、単機牽引で足尾駅も目指して発車して行きました。
結局この日の帰宅は夜遅くなり、親からのお小言を神妙に聞く羽目になったのです。
この当時は東武鉄道には全く馴染みが無かったので、国鉄利用で高崎線から両毛線、そして足尾線と乗り継ぎ、重連区間である神土駅に着いたのは既に午後になっていました。
このあたりは神戸(ごうど)という地名ですが、神戸(こうべ)駅と区別するため、神土駅となっていたようです。
今はダムの底に眠る草木駅方向に、撮影場所を求めてどんどん歩いて行くと、間もなく上り貨物列車が C12 のバック運転でやって来ました。
撮影後、横からのアングルを求めて川原へ降りると、今度は C12 が単機で下って来ました。
次の下り貨物を重連で牽引するためです。
しばらくすると逆光の中を、勢いよく煙を吹き上げながら C12重連 が近づいて来ました。
先程単機で下って行ったのが、次位に連結されています。
重連とはいえ速度が遅いので、何度もシャッターを切れます。
初めて見る C12重連 は、大迫力でした。
急いで神土駅に向かったのですが、あまりに遠くまで来ていたようで、途中で乗車すべきDCに追い抜かれてしまいました。
次の列車まで長い時間を待っていると、夕闇が迫る中に、また下りの貨物列車が神土駅に到着しました。
しばらく停車後、単機牽引で足尾駅も目指して発車して行きました。
結局この日の帰宅は夜遅くなり、親からのお小言を神妙に聞く羽目になったのです。
2017年11月19日日曜日
その後の 足尾線 1986.4.27
無煙化された足尾線を再び訪れてみました。
この頃は、足尾銅山での採掘は行っていませんが、原材料を持ち込み、精錬等の加工を行っており、SL時代のように貨物列車が設定されていました。
間藤駅の北、足尾本山駅の間の踏切から撮影を開始しました。
本山駅からDE11が単機で下って来ます。
足尾駅で貨物を受け取り、引き返してきました。
旅客営業線での列車写真を撮影しに、原向駅の先まで降りて行きました。
足尾駅からの上り貨物列車がやって来ました。
川の対岸に場所を移し、今度は上りのDC列車です。
今度は下り貨物列車がやって来ました。
足尾駅以南の貨物列車は、重連での運用です。
撮影後は、列車を追いかけるように間藤駅の北側に移動します。
先程の貨物列車を足尾駅で分離し、単機で牽引してきました。
足尾本山駅から下りてくる貨物列車を撮影するため、アングルを変えます。
樹木の無い山肌をバックに、やって来ました。
狭いところに建物と道と線路が入り組んでいます。
再び間藤駅を見下ろす場所に行きました。
単線のホームがあるだけの間藤駅に、折り返しの普通列車が停車しています。
昔のホームが右側の駅舎の前に残っており、また、かつてはスイッチバックの駅であった線路跡も見られます。
足尾本山への貨物列車を撮影後、帰り道で下り貨物列車を撮影します。
原向駅と沢入駅の間です。
バックの岩肌が異様です。
貨物列車が無くなったどころか、足尾線そのものが三セクになり、今ではすっかり様子が変わってしまいました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より
この頃は、足尾銅山での採掘は行っていませんが、原材料を持ち込み、精錬等の加工を行っており、SL時代のように貨物列車が設定されていました。
間藤駅の北、足尾本山駅の間の踏切から撮影を開始しました。
本山駅からDE11が単機で下って来ます。
足尾駅で貨物を受け取り、引き返してきました。
旅客営業線での列車写真を撮影しに、原向駅の先まで降りて行きました。
足尾駅からの上り貨物列車がやって来ました。
川の対岸に場所を移し、今度は上りのDC列車です。
今度は下り貨物列車がやって来ました。
足尾駅以南の貨物列車は、重連での運用です。
撮影後は、列車を追いかけるように間藤駅の北側に移動します。
先程の貨物列車を足尾駅で分離し、単機で牽引してきました。
足尾本山駅から下りてくる貨物列車を撮影するため、アングルを変えます。
樹木の無い山肌をバックに、やって来ました。
狭いところに建物と道と線路が入り組んでいます。
再び間藤駅を見下ろす場所に行きました。
単線のホームがあるだけの間藤駅に、折り返しの普通列車が停車しています。
昔のホームが右側の駅舎の前に残っており、また、かつてはスイッチバックの駅であった線路跡も見られます。
足尾本山への貨物列車を撮影後、帰り道で下り貨物列車を撮影します。
原向駅と沢入駅の間です。
バックの岩肌が異様です。
貨物列車が無くなったどころか、足尾線そのものが三セクになり、今ではすっかり様子が変わってしまいました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より
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