小樽築港機関区

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2020年8月29日土曜日

 無煙化後の 足尾線 1986.4.27

 C12 が走っていた頃に何度か訪れた足尾線ですが、1970年に無煙化されてから足が遠のいていたので、この年に久しぶりに様子を見に行きました。

 足尾銅山は1973年に閉山されたのですが、その施設は精錬所として使われていて、貨物輸送が変わらずに行われていました。

 最初に向かったのは間藤駅から足尾本山駅に向かう途中の踏切で、現在でもその痕跡が残っている場所です。

 踏切近くの道路で、本山から下って来る上り貨物を待っていましたが、やって来たのは DE11 の単機です。


 このあと同じカマが足尾駅から貨物を牽いて折り返してくるので、怪しげな道を通って先に進みました。


 列車の背後に、先程撮影した鉄橋と踏切が見えます。


 今度は本線の貨物列車があるので、原向駅を越えた沢入駅との間で、先ずは上り貨物から撮影します。

 先程来お目にかかっている DE1151 の牽引です。


 線路端は面白くないので、渡良瀬川の対岸に移動し、上りの普通DCから撮影しました。


 次は下り貨物で、重連の牽引です。


 無蓋車を連ねて、山に向かって上って行きました。


 再び足尾駅と足尾本山駅の間の区間貨物を撮影のために、間藤駅を見下ろす地点に行きました。

 下り貨物が、間藤駅のホームを通り過ぎて行きます。


 山影になり光線は良くないのですが、遠くに足尾のはげ山をバックにした上り貨物の姿が見えました。


 線路と山の間には本山小学校が残っていて、このあたりが栄えていたことが分かります。


 再び間藤駅側を見ると、折返しの上りDCが本線上のホームに停まっていますが、かつては分岐して、駅舎の前のホームが使われていたことが分かります。


 DCが行ってしまうと、足尾駅交換でまた下りの区間貨物がやって来ました。


 再び上りの本線貨物を撮るために、先程と同様に原向駅の先まで行き、山から下りてくるのを待ちます。


 C12 の頃とは違って、本線貨物は全て重連での運用のようです。


 足尾線の貨物輸送は1987年に廃止され、その2年後には足尾線そのものが無くなり、第三セクター化されてしまいました。

2019年10月17日木曜日

 クルマで追いかけた 足尾線の C12重連 1970.7.21

 足尾線の朝一番の C12重連貨物 を追いかけようと、頼み込んで前夜のうちにレンタカーを借り、仲間を拾いながら未明の道を足尾線へと向かいました。

 神土駅の先、今では草木ダムに沈んでいる鉄橋を見下ろす国道から、列車の通過を待ちました。


 川底近くの鉄橋を、小さな C12重連 が、力一杯走り抜けて行きます。


 すぐに車に飛び乗ると、原向駅の先で追いつけました。


 その後も追い続けますが、この当時の並行する国道は未舗装で道幅も狭いので、あまりスピードを出せません。


 足尾駅に先回りでき、列車の到着を待ちます。


 足尾駅がすべての貨物列車の終着駅で、この先の足尾本山までは、C12 の単機牽引による別のスジの列車が設定されています。

 足尾駅の先の小さい鉄橋で、足尾本山に向かう区間貨物を撮影しました。


 足尾駅の待合室に戻っていると、ヤマからバック運転の C12 が帰って来ました。


 足尾駅では上りの一番の貨物列車の準備が整い、発車時間を待っています。


 先回りして、草木駅と神土駅の間の朝と同じ鉄橋で、転がり下りてくるバック運転の重連を撮影しました。


 次の下り貨物も、神土駅から重連になるので、発車のシーンを撮影します。


 これも追いかけたいのですが、当時の道路事情ではレンタカーの返却時間に間に合わないので、諦めました。

 それでも帰りがけの駄賃と、大間々駅でやってくる下り貨物を撮影します。


 何と、前部に DE10 が付いていて、足尾線の無煙化が近づいているのを感じました。

2019年8月19日月曜日

 足尾線の C12 二度目の訪問 1969.6.15

 梅雨入り前の暑い日に、前年の冬以来2度目となる足尾線の撮影に参上しました。

 生来の怠けものですので、それ程の早起きをせずに出発し、足尾線のDCの乗客になったのは昼近くになっていました。

 最後尾で眺めていたら、大間々駅で交換の上り貨物列車を牽引する C12 の顔が見え、慌てて撮影しました。


 そのまま乗車を続け、今回も重連区間である神土駅で下車、今は無き草木駅方向へと線路端を辿りました。

 最初にやって来るのは上り貨物で、下り勾配のうえ C12 はバック運転なのであまりサマになりません。


 次は下りの貨物で、当然ながら黒煙を上げながら力行してきますが、冬場の迫力には遠く及びません。


 後ろ姿を見送ると、犬走りを荷物を背負った婦人が元気に歩いて来ます。


 今では見られない光景ですが、線路を歩くのは、当時は日常的な事だったのです。

 このあとは足尾方向から単機の C12 が来るはずなのですが、一向に姿を見せず、下り貨物の時間になってしまいました。


 前の列車と同様に貨物の量が少なく、単機での牽引で十分だったようです。


 単機牽引の後ろ姿を撮影したら、もう戻る時間です。


 前回は先に進み過ぎたので帰りの列車に乗り遅れましたが、今回は無事に予定通りに帰宅できました。

2019年7月6日土曜日

 足尾線の C12重連 1968.1.28

 足尾線には珍しい C12 が使われており、その上重連もあるらしいとのことで、友人と二人で渋谷の家から出かけました。

 この当時は東武鉄道には全く馴染みが無かったので、国鉄利用で高崎線から両毛線、そして足尾線と乗り継ぎ、重連区間である神土駅に着いたのは既に午後になっていました。

 このあたりは神戸(ごうど)という地名ですが、神戸(こうべ)駅と区別するため、神土駅となっていたようです。

 今はダムの底に眠る草木駅方向に、撮影場所を求めてどんどん歩いて行くと、間もなく上り貨物列車が C12 のバック運転でやって来ました。


 撮影後、横からのアングルを求めて川原へ降りると、今度は C12 が単機で下って来ました。


 次の下り貨物を重連で牽引するためです。

 しばらくすると逆光の中を、勢いよく煙を吹き上げながら C12重連 が近づいて来ました。


 先程単機で下って行ったのが、次位に連結されています。


 重連とはいえ速度が遅いので、何度もシャッターを切れます。


 初めて見る C12重連 は、大迫力でした。


 急いで神土駅に向かったのですが、あまりに遠くまで来ていたようで、途中で乗車すべきDCに追い抜かれてしまいました。

 次の列車まで長い時間を待っていると、夕闇が迫る中に、また下りの貨物列車が神土駅に到着しました。


 しばらく停車後、単機牽引で足尾駅も目指して発車して行きました。


 結局この日の帰宅は夜遅くなり、親からのお小言を神妙に聞く羽目になったのです。

2017年11月19日日曜日

その後の 足尾線 1986.4.27

 無煙化された足尾線を再び訪れてみました。
 この頃は、足尾銅山での採掘は行っていませんが、原材料を持ち込み、精錬等の加工を行っており、SL時代のように貨物列車が設定されていました。

 間藤駅の北、足尾本山駅の間の踏切から撮影を開始しました。
 本山駅からDE11が単機で下って来ます。


 足尾駅で貨物を受け取り、引き返してきました。


 旅客営業線での列車写真を撮影しに、原向駅の先まで降りて行きました。

 足尾駅からの上り貨物列車がやって来ました。


 川の対岸に場所を移し、今度は上りのDC列車です。


 今度は下り貨物列車がやって来ました。


 足尾駅以南の貨物列車は、重連での運用です。


 撮影後は、列車を追いかけるように間藤駅の北側に移動します。

 先程の貨物列車を足尾駅で分離し、単機で牽引してきました。


 足尾本山駅から下りてくる貨物列車を撮影するため、アングルを変えます。


 樹木の無い山肌をバックに、やって来ました。


 狭いところに建物と道と線路が入り組んでいます。

 再び間藤駅を見下ろす場所に行きました。
 単線のホームがあるだけの間藤駅に、折り返しの普通列車が停車しています。


 昔のホームが右側の駅舎の前に残っており、また、かつてはスイッチバックの駅であった線路跡も見られます。


 足尾本山への貨物列車を撮影後、帰り道で下り貨物列車を撮影します。
 原向駅と沢入駅の間です。


 バックの岩肌が異様です。


 貨物列車が無くなったどころか、足尾線そのものが三セクになり、今ではすっかり様子が変わってしまいました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

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