会津線と日中線を撮影した翌日は、磐越西線の未電化区間に D51 を求めて行ったのですが、この日はクルマの手配が付かず、鉄道利用となりました。
郡山駅から磐越西線の旅客列車に乗り込むと、沼上信号場で、ED77 牽引の客レ同士の交換になりました。
また、会津若松駅に到着の際には、会津線の客車列車も同時にやって来ました。
山都駅で下車し、有名なアメリカンブリッジカンパニー製のアンダートラス橋のふもとに行きます。
昨日とはうって変わった晴天の下、D51 が牽引する貨物列車が姿を見せました。
角ドームの D51 が、勢いよく煙を吹きながら通過します。
下から見上げると、天空をかけるようです。
駅に戻り移動しますが、鉄道利用なのでこの先に進むと撮影効率が悪いので、喜多方駅まで戻ります。
阿賀川の支流の濁川の鉄橋まで歩き、上りの客車列車を待ちました。
喜多方駅の手前なので、案の定、全く煙はありません。
次の下り貨物は、駅の発車直後で、山都駅への峠越えなので、盛大な煙が期待できます。
ところが焚き込み過ぎたようで、安全弁からは蒸気が上がるものの、肝心の煙はチョロチョロです。
喜多方駅に戻ると、丁度発車する貨物列車があったので、駅構内のはずれでこれを撮影しました。
磐越西線の未電化区間に、ほんの少し入っただけの撮影しかできず、ローカル線の撮影にはクルマが欠かせないようになってきました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2019年11月8日金曜日
2019年11月6日水曜日
日中走らぬ日中線の C11 1971.6.12
喜多方駅から熱塩駅までわずか11.6kmの盲腸線である日中線は、朝・夕・晩の1日3往復だけの超閑散路線でした。
日中線の日中は、熱塩駅の先にある日中温泉からとったようで、当初はさらに北に向けての延伸計画がありました。
今回は会津線での撮影のあとに、夕方の列車を撮影すべく、熱塩駅に向かいました。
C11 のバック運転で、列車が到着します。
夕方なので、下校する学生が乗客の大半を占めています。
車掌さんがポイントを切り替えて、機回しを行います。
かつてはターンテーブルがあり、貨物扱いもありましたが、既に無人駅になっています。
暫しの休憩後、殆んど乗客のいない客車2両の軽い荷を牽いて、走り去って行きました。
会津加納駅では貨物扱いがあり混合列車になるので、その間に先回りして、鉄橋で通過を待ちます。
さらに会津村松駅でも追い越せました。
陽の長い時期ですが、既に夕空が広がる中を、C11 が通過して行きました。
日中線の日中は、熱塩駅の先にある日中温泉からとったようで、当初はさらに北に向けての延伸計画がありました。
今回は会津線での撮影のあとに、夕方の列車を撮影すべく、熱塩駅に向かいました。
C11 のバック運転で、列車が到着します。
夕方なので、下校する学生が乗客の大半を占めています。
車掌さんがポイントを切り替えて、機回しを行います。
かつてはターンテーブルがあり、貨物扱いもありましたが、既に無人駅になっています。
暫しの休憩後、殆んど乗客のいない客車2両の軽い荷を牽いて、走り去って行きました。
会津加納駅では貨物扱いがあり混合列車になるので、その間に先回りして、鉄橋で通過を待ちます。
さらに会津村松駅でも追い越せました。
陽の長い時期ですが、既に夕空が広がる中を、C11 が通過して行きました。
2019年11月4日月曜日
二つの会津線の C11 1971.6.12
これまで見向きもしなかった C11 の走る会津線を訪れたのは、六月半ばの梅雨に入ろうかという時期でした。
この頃の会津線は、会津滝ノ原線と会津只見線の2本の路線があり、両線とも行き止まりのローカル線でした。
この2線を効率的に撮影するにはクルマ利用が絶対で、郡山から向かったのですが、行き掛けの駄賃に、会津若松駅の先で、日中線へ向かう列車から撮影しました。
このあとは会津只見線に向かい、第一只見川橋梁から撮影を開始します。
今では国道が付替えられ、この橋を容易に俯瞰撮影できるようになりましたが、当時の道路は未舗装で、泥道と化しています。
先へと進み、今度は第三只見川橋梁です。
貨物列車の次は混合列車ですが、このあたりは今でも同じアングルで撮影できるようです。
さらに先へと進み、会津川口駅に着きました。
この駅から先では、運転本数や列車本数も変わり、この線の重要な駅としての役割を担っていました。
雨の中を下り貨物が到着し、これから入換作業に入ります。
この先会津只見駅までの区間は、撮影効率が悪くなるので、この駅で折り返して戻り、会津水沼駅と会津中川駅の間で下り貨物を撮影します。
来た道をさらに戻り、再び第三只見川橋梁へ。
今度は上りの混合列車です。
この先で方向を変え、今度は会津滝ノ原線の桑原駅に向かいます。
この時間に向かうと、運転本数の少ない貨物列車が効率よく撮影できます。
国道からは、大川を渡る下り貨物を俯瞰撮影できます。
程なく今度は上り貨物列車がやって来ます。
桑原駅に停車後、カマの状態を整えて、猛然とダッシュして行きます。
谷底の桑原駅からは両側とも25‰の上り勾配なので、上り貨物も目一杯ふかしての走りを見せてくれます。
桑原駅と周辺の集落は、今では大川ダムの底に沈んでしまい、線路も大きく迂回して付替えられてしまいました。
この頃の会津線は、会津滝ノ原線と会津只見線の2本の路線があり、両線とも行き止まりのローカル線でした。
この2線を効率的に撮影するにはクルマ利用が絶対で、郡山から向かったのですが、行き掛けの駄賃に、会津若松駅の先で、日中線へ向かう列車から撮影しました。
このあとは会津只見線に向かい、第一只見川橋梁から撮影を開始します。
今では国道が付替えられ、この橋を容易に俯瞰撮影できるようになりましたが、当時の道路は未舗装で、泥道と化しています。
先へと進み、今度は第三只見川橋梁です。
貨物列車の次は混合列車ですが、このあたりは今でも同じアングルで撮影できるようです。
さらに先へと進み、会津川口駅に着きました。
この駅から先では、運転本数や列車本数も変わり、この線の重要な駅としての役割を担っていました。
雨の中を下り貨物が到着し、これから入換作業に入ります。
この先会津只見駅までの区間は、撮影効率が悪くなるので、この駅で折り返して戻り、会津水沼駅と会津中川駅の間で下り貨物を撮影します。
来た道をさらに戻り、再び第三只見川橋梁へ。
今度は上りの混合列車です。
この先で方向を変え、今度は会津滝ノ原線の桑原駅に向かいます。
この時間に向かうと、運転本数の少ない貨物列車が効率よく撮影できます。
国道からは、大川を渡る下り貨物を俯瞰撮影できます。
程なく今度は上り貨物列車がやって来ます。
桑原駅に停車後、カマの状態を整えて、猛然とダッシュして行きます。
谷底の桑原駅からは両側とも25‰の上り勾配なので、上り貨物も目一杯ふかしての走りを見せてくれます。
桑原駅と周辺の集落は、今では大川ダムの底に沈んでしまい、線路も大きく迂回して付替えられてしまいました。
2017年7月8日土曜日
磐越西線のD51 1971.6.13
磐越西線の喜多方駅までは既に電化されていましたが、喜多方以西は未電化で、D51の活躍する姿を喜多方駅と山都駅の間で撮影しました。
今回はクルマが無かったので、郡山駅からED77牽引の客車列車の乗客となり山都駅に向かいました。
途中の沼上信号場で、ED77同士の交換がありました。
会津若松駅ではC11の牽引する会津線の列車が、丁度やって来ました。
山都駅で降りて、有名なアメリカンブリッジカンパニー製の鉄橋の下に向かいました。
D51牽引の貨物列車が、勾配区間に向かって煙を上げながらやって来ます。
昨日までと違い、梅雨の最中なのに今日は晴れ渡ってくれました。
撮影後山都駅に戻り、上り列車でお隣の喜多方駅で下車、山都駅方向へ向かい、濁川の川原に撮影ポイントを定めました。
最初に来たのはD51牽引の上り客車列車です。
勾配を下ってきて、まもなく駅構内なので絶気運転です。
喜多方駅交換で、下りの貨物列車がやって来ます。
上り勾配に備えて煙を吹き上げるだろうと思いきや、吹いているのは安全弁だけで、煙の方はチョロチョロでした。
喜多方駅に戻り、上り貨物列車の発車を駅構内のはずれで撮影します。
列車本数が少ないので、クルマが無いと効率良く撮影できません。
これにて郡山駅へと帰途につきました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
今回はクルマが無かったので、郡山駅からED77牽引の客車列車の乗客となり山都駅に向かいました。
途中の沼上信号場で、ED77同士の交換がありました。
会津若松駅ではC11の牽引する会津線の列車が、丁度やって来ました。
山都駅で降りて、有名なアメリカンブリッジカンパニー製の鉄橋の下に向かいました。
D51牽引の貨物列車が、勾配区間に向かって煙を上げながらやって来ます。
昨日までと違い、梅雨の最中なのに今日は晴れ渡ってくれました。
撮影後山都駅に戻り、上り列車でお隣の喜多方駅で下車、山都駅方向へ向かい、濁川の川原に撮影ポイントを定めました。
最初に来たのはD51牽引の上り客車列車です。
勾配を下ってきて、まもなく駅構内なので絶気運転です。
喜多方駅交換で、下りの貨物列車がやって来ます。
上り勾配に備えて煙を吹き上げるだろうと思いきや、吹いているのは安全弁だけで、煙の方はチョロチョロでした。
喜多方駅に戻り、上り貨物列車の発車を駅構内のはずれで撮影します。
列車本数が少ないので、クルマが無いと効率良く撮影できません。
これにて郡山駅へと帰途につきました。
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2017年7月6日木曜日
超閑散線の日中線 1971.6.12
磐越西線の喜多方駅から分岐する日中線は、朝、夕、晩に各1往復、つまり1日3往復だけ運転される超の付くローカル線でした。
熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。
この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。
C11バック運転の下り列車が到着しました。
学校帰りの女学生が下車し、線路脇を通って帰宅して行きます。
機廻し線を使って、C11を付け替えます。
無人駅なので、車掌さんが旗振りをやっています。
熱塩駅の駅舎は、模型にしたくなるような好ましい形をしています。
機関車の付替えを終え、時間になったので発車して行きましたが、乗客の姿は見当たりませんでした。
次の会津加納駅では貨物の扱いがあり、ここからは混合列車になります。
先回りして、鉄橋で列車の到着を待ちました。
もう一度先回りして、会津村松駅の南で撮影しましたが、日の長い時期とはいえ、そろそろ夕暮れが迫って来ました。
日中線はこの辺りの最後のSL運転路線になったようですが、日中線そのものが1984年に廃止されてしまい、熱塩駅は鉄道記念館として残されています。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。
この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。
C11バック運転の下り列車が到着しました。
学校帰りの女学生が下車し、線路脇を通って帰宅して行きます。
機廻し線を使って、C11を付け替えます。
無人駅なので、車掌さんが旗振りをやっています。
熱塩駅の駅舎は、模型にしたくなるような好ましい形をしています。
機関車の付替えを終え、時間になったので発車して行きましたが、乗客の姿は見当たりませんでした。
次の会津加納駅では貨物の扱いがあり、ここからは混合列車になります。
先回りして、鉄橋で列車の到着を待ちました。
もう一度先回りして、会津村松駅の南で撮影しましたが、日の長い時期とはいえ、そろそろ夕暮れが迫って来ました。
日中線はこの辺りの最後のSL運転路線になったようですが、日中線そのものが1984年に廃止されてしまい、熱塩駅は鉄道記念館として残されています。
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2017年7月4日火曜日
会津線のC11 1971.6.12
この時代の会津線は、まだ只見線とは全通されていない只見駅までの会津只見線と、会津滝ノ原駅(現在の会津高原駅)までの会津滝ノ原線の2線を合わせて称していました。
関東近郊からSLの姿が消え、かつてはC11しか走らず見向きもしなかった当線にも、この年から煙を求めて足しげく通うようになりました。
列車本数が少なく、2つの路線を効率よく回るにはクルマが必要で、この頃から多用するようになってしまいました。
早朝に郡山を出発し、手始めに日中線に直通する列車を、会津若松駅と堂島駅との間で撮影することから始めます。
撮影後、梅雨空で雨の降る中を、会津只見線の第一只見川橋梁へ向かいました。
この鉄橋は今ではCMに登場するほどポピュラーですが、当時の国道は下の方を通っており、そこから上りの混合列車を撮影しました。
次は第三只見川橋梁へ行きましたが、ここらは今でも撮影できるようですが、SLが復活してからは行っていないので様子は分かりません。
貨物列車に続いて、混合列車も通過して行きました。
撮影後は会津川口駅に向かいます。
この駅は国道と只見川に挟まれた細長い敷地ですが、貨物ヤードや給水設備等を備えた、沿線の主要駅です。
ここまでけん引してきたC11が、列車の入換を行っています。
C11の向こう側には水面が見えます。
この駅で撮影の方も折り返しますが、途中の会津水沼駅と会津中川駅の間の橋梁で、下り列車を撮影します。
先程と逆のコースをたどるので、次は第三只見川橋梁です。
上り列車は下り勾配で、煙はスカですね。
そして、やはり第一只見川橋梁で、上りの混合列車を国道から。
この先、只見線から離れて、会津滝ノ原線に向かいます。
現在は水中に没してしまった、谷底の桑原駅を発車する下り貨物列車に間に合います。
しばらくたつと、今度は上りの貨物列車が湯野上駅で交換してやって来ます。
桑原駅のどちら側も25‰の急勾配ですから、良い煙を上げてくれます。
列車はトンネルを目指して、加速を続けて行きました。
滝ノ原線での撮影は、この2本で切り上げです。
いつもご覧頂きありがとうございます。↓バナー画像を交換しました。関西本線柘植駅にて。
関東近郊からSLの姿が消え、かつてはC11しか走らず見向きもしなかった当線にも、この年から煙を求めて足しげく通うようになりました。
列車本数が少なく、2つの路線を効率よく回るにはクルマが必要で、この頃から多用するようになってしまいました。
早朝に郡山を出発し、手始めに日中線に直通する列車を、会津若松駅と堂島駅との間で撮影することから始めます。
撮影後、梅雨空で雨の降る中を、会津只見線の第一只見川橋梁へ向かいました。
この鉄橋は今ではCMに登場するほどポピュラーですが、当時の国道は下の方を通っており、そこから上りの混合列車を撮影しました。
次は第三只見川橋梁へ行きましたが、ここらは今でも撮影できるようですが、SLが復活してからは行っていないので様子は分かりません。
貨物列車に続いて、混合列車も通過して行きました。
撮影後は会津川口駅に向かいます。
この駅は国道と只見川に挟まれた細長い敷地ですが、貨物ヤードや給水設備等を備えた、沿線の主要駅です。
ここまでけん引してきたC11が、列車の入換を行っています。
C11の向こう側には水面が見えます。
この駅で撮影の方も折り返しますが、途中の会津水沼駅と会津中川駅の間の橋梁で、下り列車を撮影します。
先程と逆のコースをたどるので、次は第三只見川橋梁です。
上り列車は下り勾配で、煙はスカですね。
そして、やはり第一只見川橋梁で、上りの混合列車を国道から。
この先、只見線から離れて、会津滝ノ原線に向かいます。
現在は水中に没してしまった、谷底の桑原駅を発車する下り貨物列車に間に合います。
しばらくたつと、今度は上りの貨物列車が湯野上駅で交換してやって来ます。
桑原駅のどちら側も25‰の急勾配ですから、良い煙を上げてくれます。
列車はトンネルを目指して、加速を続けて行きました。
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