小樽築港機関区

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2019年11月8日金曜日

 磐越西線 未電化区間の D51 1971.6.13

 会津線と日中線を撮影した翌日は、磐越西線の未電化区間に D51 を求めて行ったのですが、この日はクルマの手配が付かず、鉄道利用となりました。

 郡山駅から磐越西線の旅客列車に乗り込むと、沼上信号場で、ED77 牽引の客レ同士の交換になりました。


 また、会津若松駅に到着の際には、会津線の客車列車も同時にやって来ました。


 山都駅で下車し、有名なアメリカンブリッジカンパニー製のアンダートラス橋のふもとに行きます。

 昨日とはうって変わった晴天の下、D51 が牽引する貨物列車が姿を見せました。


 角ドームの D51 が、勢いよく煙を吹きながら通過します。


 下から見上げると、天空をかけるようです。


 駅に戻り移動しますが、鉄道利用なのでこの先に進むと撮影効率が悪いので、喜多方駅まで戻ります。

 阿賀川の支流の濁川の鉄橋まで歩き、上りの客車列車を待ちました。

 喜多方駅の手前なので、案の定、全く煙はありません。


 次の下り貨物は、駅の発車直後で、山都駅への峠越えなので、盛大な煙が期待できます。


 ところが焚き込み過ぎたようで、安全弁からは蒸気が上がるものの、肝心の煙はチョロチョロです。


 喜多方駅に戻ると、丁度発車する貨物列車があったので、駅構内のはずれでこれを撮影しました。


 磐越西線の未電化区間に、ほんの少し入っただけの撮影しかできず、ローカル線の撮影にはクルマが欠かせないようになってきました。

2019年11月6日水曜日

 日中走らぬ日中線の C11 1971.6.12

 喜多方駅から熱塩駅までわずか11.6kmの盲腸線である日中線は、朝・夕・晩の1日3往復だけの超閑散路線でした。

 日中線の日中は、熱塩駅の先にある日中温泉からとったようで、当初はさらに北に向けての延伸計画がありました。

 今回は会津線での撮影のあとに、夕方の列車を撮影すべく、熱塩駅に向かいました。

 C11 のバック運転で、列車が到着します。


 夕方なので、下校する学生が乗客の大半を占めています。


 車掌さんがポイントを切り替えて、機回しを行います。


 かつてはターンテーブルがあり、貨物扱いもありましたが、既に無人駅になっています。


 暫しの休憩後、殆んど乗客のいない客車2両の軽い荷を牽いて、走り去って行きました。


 会津加納駅では貨物扱いがあり混合列車になるので、その間に先回りして、鉄橋で通過を待ちます。


 さらに会津村松駅でも追い越せました。


 陽の長い時期ですが、既に夕空が広がる中を、C11 が通過して行きました。

2019年11月4日月曜日

 二つの会津線の C11 1971.6.12

 これまで見向きもしなかった C11 の走る会津線を訪れたのは、六月半ばの梅雨に入ろうかという時期でした。

 この頃の会津線は、会津滝ノ原線と会津只見線の2本の路線があり、両線とも行き止まりのローカル線でした。

 この2線を効率的に撮影するにはクルマ利用が絶対で、郡山から向かったのですが、行き掛けの駄賃に、会津若松駅の先で、日中線へ向かう列車から撮影しました。


 このあとは会津只見線に向かい、第一只見川橋梁から撮影を開始します。


 今では国道が付替えられ、この橋を容易に俯瞰撮影できるようになりましたが、当時の道路は未舗装で、泥道と化しています。


 先へと進み、今度は第三只見川橋梁です。


 貨物列車の次は混合列車ですが、このあたりは今でも同じアングルで撮影できるようです。


 さらに先へと進み、会津川口駅に着きました。

 この駅から先では、運転本数や列車本数も変わり、この線の重要な駅としての役割を担っていました。


 雨の中を下り貨物が到着し、これから入換作業に入ります。


 この先会津只見駅までの区間は、撮影効率が悪くなるので、この駅で折り返して戻り、会津水沼駅と会津中川駅の間で下り貨物を撮影します。


 来た道をさらに戻り、再び第三只見川橋梁へ。

 今度は上りの混合列車です。


 この先で方向を変え、今度は会津滝ノ原線の桑原駅に向かいます。

 この時間に向かうと、運転本数の少ない貨物列車が効率よく撮影できます。


 国道からは、大川を渡る下り貨物を俯瞰撮影できます。


 程なく今度は上り貨物列車がやって来ます。


 桑原駅に停車後、カマの状態を整えて、猛然とダッシュして行きます。


 谷底の桑原駅からは両側とも25‰の上り勾配なので、上り貨物も目一杯ふかしての走りを見せてくれます。


 桑原駅と周辺の集落は、今では大川ダムの底に沈んでしまい、線路も大きく迂回して付替えられてしまいました。

2017年7月8日土曜日

磐越西線のD51 1971.6.13

 磐越西線の喜多方駅までは既に電化されていましたが、喜多方以西は未電化で、D51の活躍する姿を喜多方駅と山都駅の間で撮影しました。

 今回はクルマが無かったので、郡山駅からED77牽引の客車列車の乗客となり山都駅に向かいました。

 途中の沼上信号場で、ED77同士の交換がありました。


 会津若松駅ではC11の牽引する会津線の列車が、丁度やって来ました。


 山都駅で降りて、有名なアメリカンブリッジカンパニー製の鉄橋の下に向かいました。

 D51牽引の貨物列車が、勾配区間に向かって煙を上げながらやって来ます。


 昨日までと違い、梅雨の最中なのに今日は晴れ渡ってくれました。


 撮影後山都駅に戻り、上り列車でお隣の喜多方駅で下車、山都駅方向へ向かい、濁川の川原に撮影ポイントを定めました。

 最初に来たのはD51牽引の上り客車列車です。


 勾配を下ってきて、まもなく駅構内なので絶気運転です。

 喜多方駅交換で、下りの貨物列車がやって来ます。


 上り勾配に備えて煙を吹き上げるだろうと思いきや、吹いているのは安全弁だけで、煙の方はチョロチョロでした。


 喜多方駅に戻り、上り貨物列車の発車を駅構内のはずれで撮影します。


 列車本数が少ないので、クルマが無いと効率良く撮影できません。
 これにて郡山駅へと帰途につきました。


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2017年7月6日木曜日

超閑散線の日中線 1971.6.12

 磐越西線の喜多方駅から分岐する日中線は、朝、夕、晩に各1往復、つまり1日3往復だけ運転される超の付くローカル線でした。

 熱塩駅までの延長11.6kmのミニ路線で、日中走らぬ日中線と揶揄されていましたが、少し先にある日中温泉から路線名を付けたようです。

 この時期ならば陽が長いので、夕方の列車を狙う事とし、終点の熱塩駅を訪れました。

 C11バック運転の下り列車が到着しました。


 学校帰りの女学生が下車し、線路脇を通って帰宅して行きます。


 機廻し線を使って、C11を付け替えます。


 無人駅なので、車掌さんが旗振りをやっています。


 熱塩駅の駅舎は、模型にしたくなるような好ましい形をしています。


 機関車の付替えを終え、時間になったので発車して行きましたが、乗客の姿は見当たりませんでした。


 次の会津加納駅では貨物の扱いがあり、ここからは混合列車になります。

 先回りして、鉄橋で列車の到着を待ちました。


 もう一度先回りして、会津村松駅の南で撮影しましたが、日の長い時期とはいえ、そろそろ夕暮れが迫って来ました。


 日中線はこの辺りの最後のSL運転路線になったようですが、日中線そのものが1984年に廃止されてしまい、熱塩駅は鉄道記念館として残されています。


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2017年7月4日火曜日

会津線のC11 1971.6.12

 この時代の会津線は、まだ只見線とは全通されていない只見駅までの会津只見線と、会津滝ノ原駅(現在の会津高原駅)までの会津滝ノ原線の2線を合わせて称していました。

 関東近郊からSLの姿が消え、かつてはC11しか走らず見向きもしなかった当線にも、この年から煙を求めて足しげく通うようになりました。

 列車本数が少なく、2つの路線を効率よく回るにはクルマが必要で、この頃から多用するようになってしまいました。

 早朝に郡山を出発し、手始めに日中線に直通する列車を、会津若松駅と堂島駅との間で撮影することから始めます。


 撮影後、梅雨空で雨の降る中を、会津只見線の第一只見川橋梁へ向かいました。

 この鉄橋は今ではCMに登場するほどポピュラーですが、当時の国道は下の方を通っており、そこから上りの混合列車を撮影しました。


 次は第三只見川橋梁へ行きましたが、ここらは今でも撮影できるようですが、SLが復活してからは行っていないので様子は分かりません。


 貨物列車に続いて、混合列車も通過して行きました。


 撮影後は会津川口駅に向かいます。

 この駅は国道と只見川に挟まれた細長い敷地ですが、貨物ヤードや給水設備等を備えた、沿線の主要駅です。

 ここまでけん引してきたC11が、列車の入換を行っています。



 C11の向こう側には水面が見えます。

 この駅で撮影の方も折り返しますが、途中の会津水沼駅と会津中川駅の間の橋梁で、下り列車を撮影します。


 先程と逆のコースをたどるので、次は第三只見川橋梁です。

 上り列車は下り勾配で、煙はスカですね。


 そして、やはり第一只見川橋梁で、上りの混合列車を国道から。


 この先、只見線から離れて、会津滝ノ原線に向かいます。

 現在は水中に没してしまった、谷底の桑原駅を発車する下り貨物列車に間に合います。



 しばらくたつと、今度は上りの貨物列車が湯野上駅で交換してやって来ます。


 桑原駅のどちら側も25‰の急勾配ですから、良い煙を上げてくれます。


 列車はトンネルを目指して、加速を続けて行きました。


 滝ノ原線での撮影は、この2本で切り上げです。


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