SL時代に海岸線を走る C57 や D51 を求めて訪れた羽越本線ですが、電化されてからはこの時が初めての撮影です。
景勝地の笹川流れといわれる、今川駅と越後寒川駅の間に朝からやって来ましたが、あまりに天気が良くて、日が当たっているところが眩しすぎるくらいです。
そんな中を、最初に来たのはタラコ色の上りDCでした。
少し高い場所に移動して、特急いなほ2号 を後追いで撮影します。
下りの普通客レには、2両の青い荷物車が連結されていました。
次は、とび色の2軸車を連ねた下り貨物です。
側面から撮ると、沖合の粟島も画面に入れることができました。
ここから北に移動して、勝木駅と府屋駅の間に向かいます。
SL時代と変わらない風景の中を、特急鳥海 が走り去って行きました。
少し引いた場所から、上りの 特急白鳥 を撮りましたが、編成が長くて最後尾まで入りませんでした。
トンネルに吸い込まれて行くのは 特急いなほ1号 ですが、左側に架線柱と共に旧トンネル、そしてさらに左にSL時代のものも見えます。
急行型DCは3連なので、2本の木の間に収まってくれました。
朝一番と同じDC4連が、またやって来ます。
ここで府屋駅を越えて鼠ヶ関駅方向に移動し、撮影場所を探したのですが、思わしい所が見つからないうちに下りのDCが来てしまいました。
海が入るように小高い場所に上がり、特急いなほ5号 を撮影したのですが、バックには土が山積みになっていて、感心できません。
反対方向を見ても土の山があるのですが、仕方なく上りの客車列車を撮りました。
場所を変えて府屋駅の近くに戻ると鉄橋があり、先程よりはマシかと、上り貨物をここで撮ります。
特急いなほ6号は、川原に降りて撮ってみました。
まだまだ陽は高いのですが、ずいぶん遠くまで来てしまったので、これにて切り上げて帰途に着きました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年8月19日水曜日
2020年8月17日月曜日
日本海側を走る 信越本線 1985.11.3
昨日は鯨波駅近くの線路際の旅館に宿泊し、この日は朝飯前の未明から、歩いて撮影に出かけました。
目的はこの年の春から運転され始めた、583系の 急行きたぐに を撮るためですが、この時期の日の出は遅く、どうなることやら。
先行して上りの普通電車が来ましたが、やはりこの暗さでは列車を止められません。
間もなく 583系のずんぐりとした姿が現れましたが、やはり露出が上がらないままでした。
上りの貨物列車が来ますので、これも撮ってから宿に戻ります。
朝食を済ませてから、宿の屋上に上がってみると、丁度うまい具合に線路を見下ろせるので、カメラを持ってきました。
後追いですが、特急北越1号 が朝のひかりを受けながら、走り去る姿を捉えられました。
日が陰ってしまいましたがもう1本、今度は上りの 急行とがくし2号 です。
宿を辞して、定番撮影地に向かうと、好天のもと、下りのコンテナ貨物がやって来ました。
後を追うように来たのは、EF81 の単機です。
急行とがくし1号 が来ましたが、3両ユニットを2本つなげただけの、面白くない編成でした。
同じ場所で上りの 特急雷鳥14号 を後追いで撮りましたが、わずかにシャッターが早すぎました。
少しだけ移動して、上り貨物はススキの穂を入れて、秋らしいカットを。
次は数少ない荷物列車なので、編成全体が写るようにしました。
下りの普通電車は、後追いでも同じなので無精しての撮影です。
今度は 急行南越後 なのでしっかりと狙ったのですが、これまた同じ編成で、何を撮ったのか区別が付きません。
ここでの最後の撮影は 特急北越3号 で、ごくまともに撮ることにしました。
お次は隣の青海川駅の俯瞰です。
EF81 の貨物列車を撮りましたが、前面は日陰になり、お顔がよくわかりません。
少しサイドに回ると駅と海の近さが強調されますが、下り貨物を牽引して来たのは青い直流機で、ここは日本海側なのに直流なのだと改めて気づかされた次第です。
駅方向に降りて行くと、国道の付替えのための真っ赤な高い橋脚が現れました。
これをアクセントに、上り貨物と、特急北越5号 を撮ってみました。
更に空中の橋を強調して、今度は 特急北越2号 です。
また移動して、笠島駅を過ぎ、米山駅を俯瞰できる場所に来ました。
米山駅を下り貨物が通過しています。
足元のトンネルに向けて、EF81 が近づいて来ました。
信越本線の撮影はここまでで、明日の羽越線の撮影に向けて移動したのですが、途中の間島駅と越後早川駅との間では線路沿いを走り、列車がやって来るので当然のごとく撮影しました。
暗くなり始めた中を、特急いなほ が通過し、次に来たのは、快速新幹線リレー号 とか称する急行型DCの3連です。
この日の宿まで、もう少しの場所でした。
目的はこの年の春から運転され始めた、583系の 急行きたぐに を撮るためですが、この時期の日の出は遅く、どうなることやら。
先行して上りの普通電車が来ましたが、やはりこの暗さでは列車を止められません。
間もなく 583系のずんぐりとした姿が現れましたが、やはり露出が上がらないままでした。
上りの貨物列車が来ますので、これも撮ってから宿に戻ります。
朝食を済ませてから、宿の屋上に上がってみると、丁度うまい具合に線路を見下ろせるので、カメラを持ってきました。
後追いですが、特急北越1号 が朝のひかりを受けながら、走り去る姿を捉えられました。
日が陰ってしまいましたがもう1本、今度は上りの 急行とがくし2号 です。
宿を辞して、定番撮影地に向かうと、好天のもと、下りのコンテナ貨物がやって来ました。
後を追うように来たのは、EF81 の単機です。
急行とがくし1号 が来ましたが、3両ユニットを2本つなげただけの、面白くない編成でした。
同じ場所で上りの 特急雷鳥14号 を後追いで撮りましたが、わずかにシャッターが早すぎました。
少しだけ移動して、上り貨物はススキの穂を入れて、秋らしいカットを。
次は数少ない荷物列車なので、編成全体が写るようにしました。
下りの普通電車は、後追いでも同じなので無精しての撮影です。
今度は 急行南越後 なのでしっかりと狙ったのですが、これまた同じ編成で、何を撮ったのか区別が付きません。
ここでの最後の撮影は 特急北越3号 で、ごくまともに撮ることにしました。
お次は隣の青海川駅の俯瞰です。
EF81 の貨物列車を撮りましたが、前面は日陰になり、お顔がよくわかりません。
少しサイドに回ると駅と海の近さが強調されますが、下り貨物を牽引して来たのは青い直流機で、ここは日本海側なのに直流なのだと改めて気づかされた次第です。
駅方向に降りて行くと、国道の付替えのための真っ赤な高い橋脚が現れました。
これをアクセントに、上り貨物と、特急北越5号 を撮ってみました。
更に空中の橋を強調して、今度は 特急北越2号 です。
また移動して、笠島駅を過ぎ、米山駅を俯瞰できる場所に来ました。
米山駅を下り貨物が通過しています。
足元のトンネルに向けて、EF81 が近づいて来ました。
信越本線の撮影はここまでで、明日の羽越線の撮影に向けて移動したのですが、途中の間島駅と越後早川駅との間では線路沿いを走り、列車がやって来るので当然のごとく撮影しました。
暗くなり始めた中を、特急いなほ が通過し、次に来たのは、快速新幹線リレー号 とか称する急行型DCの3連です。
この日の宿まで、もう少しの場所でした。
2020年8月15日土曜日
貨物営業中の 越後交通長岡線 1985.11.2
信越本線塚山駅あたりでの撮影後は、当時まだ貨物営業をやっていた 越後交通長岡線 を訪れました。
来迎寺駅を起点とするこの線は、1975年に旅客営業を終えていましたが、その後も貨物列車のみ運行され、1995年の全廃まで生き残っていた風変わりな私鉄です。
信濃川の橋梁をかけられなかったのでスイッチバック駅となった西長岡駅には、この路線の車両基地があるので、そちらに向かいました。
ブルーの車体の目立つ存在は、元定山渓の ED5101 です。
生え抜きの ED401 は車体の塗装もくすんでいました。
その後ろは、西武から来た凸電 ED310 です。
少し下がって全景を撮影してみました。
ED5101 を反対側からも撮ってみましたが、この黄色の帯は、EH10 の曲げ方に通じるところがあります。
数少ない貨物列車の撮影に、上除駅と越後関原駅の間に行きました。
タンク車2両を従えて、ED5101 がゆっくりとした速度で近づいて来ます。
最後尾には係員が添乗して、安全確認をしていました。
同じ区間の木陰で、帰りの貨物列車を撮影します。
これまたゆっくりとした速度で、ススキをかけわきながらやって来ました。
ここまで撮影して、前回の鯨波の海岸へと向かったのです。
来迎寺駅を起点とするこの線は、1975年に旅客営業を終えていましたが、その後も貨物列車のみ運行され、1995年の全廃まで生き残っていた風変わりな私鉄です。
信濃川の橋梁をかけられなかったのでスイッチバック駅となった西長岡駅には、この路線の車両基地があるので、そちらに向かいました。
ブルーの車体の目立つ存在は、元定山渓の ED5101 です。
生え抜きの ED401 は車体の塗装もくすんでいました。
その後ろは、西武から来た凸電 ED310 です。
少し下がって全景を撮影してみました。
ED5101 を反対側からも撮ってみましたが、この黄色の帯は、EH10 の曲げ方に通じるところがあります。
数少ない貨物列車の撮影に、上除駅と越後関原駅の間に行きました。
タンク車2両を従えて、ED5101 がゆっくりとした速度で近づいて来ます。
最後尾には係員が添乗して、安全確認をしていました。
同じ区間の木陰で、帰りの貨物列車を撮影します。
これまたゆっくりとした速度で、ススキをかけわきながらやって来ました。
ここまで撮影して、前回の鯨波の海岸へと向かったのです。
2020年8月13日木曜日
信越本線の新潟県側へ 1985.11.2
首都圏から信越本線に撮影に行くとなると、距離的な事もあり長野県までが多いのですが、今回は別の目的もあり、新潟県まで足を延ばしました。
例によって夜間に車を走らせ、到着したのはあまり馴染みのない塚山駅と越後岩塚駅の間の、線路を見下ろす丘でした。
さて撮影を開始と思ったいると、最初にやって来たのは保線の車両で、遠くからだと見逃すところでした。
次は遠くの山裾をまわって、特急雷鳥18号 が見えてきました。
一旦見えなくなってから、再び眼下に姿を現わします。
ようやく陽が射し始めたところに上り貨物が来ましたが、日陰もあり、まだらの様相です。
今度は上りの普通電車ですが3両の短い編成で、同じ115系でも長い編成を見慣れているので、模型を走らせているようです。
この場所での最後の撮影は、特急北越3号 の後追いでした。
移動を開始したのですが、特急北越2号 がやって来るので、これを迎え撃ちます。
さらにこの先で、今度は下りの貨物列車です。
このあと向かったのは越後交通長岡線で、これにつきましては次回に掲載とします。
この日の最後の撮影は、有名地の鯨波の海岸です。
11月なので日暮れが早く、特急白鳥 の通過時には既に薄暗くなっていました。
それでも撮影を続けます。
遠くからヘッドライトを光らせて、客車列車の姿が見えてきました。
EF81 牽引の団臨のようです。
特急北越7号 の頃には、沈んだ夕日の残り陽が見えていました。
時間的にはまだ早いので粘っていると、やって来た下り貨物は EF81 の単機です。
もう遠くからでないと動体ブレで見られなくなるので、特急北越4号 は、線路から離れた岩場からの撮影としました。
さすがにもうあきらめて、これにて本日の宿に向かいます。
例によって夜間に車を走らせ、到着したのはあまり馴染みのない塚山駅と越後岩塚駅の間の、線路を見下ろす丘でした。
さて撮影を開始と思ったいると、最初にやって来たのは保線の車両で、遠くからだと見逃すところでした。
次は遠くの山裾をまわって、特急雷鳥18号 が見えてきました。
一旦見えなくなってから、再び眼下に姿を現わします。
ようやく陽が射し始めたところに上り貨物が来ましたが、日陰もあり、まだらの様相です。
今度は上りの普通電車ですが3両の短い編成で、同じ115系でも長い編成を見慣れているので、模型を走らせているようです。
この場所での最後の撮影は、特急北越3号 の後追いでした。
移動を開始したのですが、特急北越2号 がやって来るので、これを迎え撃ちます。
さらにこの先で、今度は下りの貨物列車です。
このあと向かったのは越後交通長岡線で、これにつきましては次回に掲載とします。
この日の最後の撮影は、有名地の鯨波の海岸です。
11月なので日暮れが早く、特急白鳥 の通過時には既に薄暗くなっていました。
それでも撮影を続けます。
遠くからヘッドライトを光らせて、客車列車の姿が見えてきました。
EF81 牽引の団臨のようです。
特急北越7号 の頃には、沈んだ夕日の残り陽が見えていました。
時間的にはまだ早いので粘っていると、やって来た下り貨物は EF81 の単機です。
もう遠くからでないと動体ブレで見られなくなるので、特急北越4号 は、線路から離れた岩場からの撮影としました。
さすがにもうあきらめて、これにて本日の宿に向かいます。
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