小樽築港機関区

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2019年8月7日水曜日

 急勾配に挑む 山田線の C58 1969.3.14

 春休みになり、雪の東北にSLを求めての撮影旅、最初の目的地は、C58 が急勾配に挑む山田線でした。

 当時 C58 はあまり人気が無く、山田線を訪れるファンは少なかったようですが、盛岡駅を出て、先ず降り立ったのは大志田駅で、深い雪の残る中を浅岸駅方向へと進みました。

 最初に来るのは上り貨物なので、このあたりでは勾配を音も無く下って来ます。


 このあと川原に降りて待つこと暫し、下りの急行DCが通過しました。


 その後を追うように、C58 牽引の下り貨物が、連続勾配を煙を吹き上げながら鉄橋を渡って来ました。


 大志田駅に戻り、普通DCでお隣の浅岸駅に移動しました。

 大志田駅と共にこの浅岸駅は勾配の途中にあるので、駅部分はスイッチバックで本線から分岐する構造になっていました。

 下りの急行DCを先に駅で待たせておいて、上り各停DCが勾配を下って来ます。


 向きを変えて、各停DCが駅に入線してきました。


 この列車交換を見届けてから、次の区界駅を目指して歩きだしました。

 深い雪に足を取られながら進み、後からやって来る下り貨物列車を撮影します。


 わずか4両の貨物ですが、ゆっくりとした速度で上って来ます。


 次も下り貨物ですが、サミットである区界駅の少し手前で待ち受けました。


 ここの C58 は独特の形状の集煙装置を付けていて、平凡な中型機の C58 ですが、私には魅力的に見えます。


 この先を曲がると、間もなく区界駅に着きます。


 この次の列車は上り貨物なので、駅の近くならば煙を吐くかと思い、遠方信号機よりも近い場所で待ちました。


 案の定、目の前を通過する頃には絶気して、盛岡方面に向けて通り過ぎて行きました。

 撮影はこれまでで、次の上りの普通DCに乗り、盛岡駅から花輪線の大更駅へと向かいました。

2017年3月5日日曜日

雪の山田線のC58 1969.3.14

 東北地方のローカル線の山田線については、先の大震災の被害でこれからの存続等いろいろと検討されて入れようですが、C58が健在の頃、雪深い彼の地を訪れました。

 この時の訪問では、といってもSL時代には一度だけですが、盛岡駅からサミットの区界駅までの間までで、その先の撮影記録はありません。

 最初に降り立ったのは大志田駅で、隣の浅岸駅と共に利用者の減少で既に廃止となってしまいました。
 両駅とも25‰の連続勾配の途中なので、本線はスルー可能な配線のスイッチバック駅になっていました。

浅岸駅方面へ発車して勾配を行く

 この頃カラーフィルムがまだ高価ではあるものの、使われ始めた時期であり、サブカメラに入れておきました。
 ネガフィルムで、粒子が荒く、発色もいまいちであります。

 浅岸駅方面へ歩いて行くと、上りの貨物列車が音も無く駆け下りて来ました。
  

 この線のC58は特徴的な集煙装置をつけています。

 鉄橋の下に降り、勾配を登って来る下り貨物列車を迎え撃ちます。


 次はもう一つのスイッチバック駅である浅岸駅の様子です。

 列車交換のため、優等列車であるものの先に下り急行そとやま がホームに入線、そこへ上りの各停DCが入ってきて2本が並びとなります。

各停があとから入線

 閉塞が開いたので急行がスイッチバックして、勾配を登って行きました。

駅のはずれで既にこの高低差

 浅岸駅から区界駅へ、途中で2本の下り貨物列車が撮影できるので歩き出します。
 今思えば、雪深い道を8km近い距離があるのに、よくも重いカメラバッグを抱えて歩いたものです。

 1本目の貨物列車がやって来ました。

特徴ある集煙装置

 短い両数ですが、急勾配を登っているのがサイドからわかります。


 撮影後、先を目指して歩き続けたのですが、途中で雪の深みに入ってしまい、首まで埋もれてしまって脱出に一苦労でした。

 2本目がやって来ました。



 これまた大した両数ではありませんが、この当時はこんなローカル線でも結構な本数の貨物列車が設定されていたのです。

 ようやく区界駅近くまでたどり着きました。
 この区界駅は山田線のサミットであり、東北地方の最高駅でもあります。

 駅の発車であれば煙を吐くであろうと、ここで上り貨物列車を撮影しました。


 案の定、煙を巻き上げながらやって来ましたが、目前を通過後絶気運転となりました。
 雪まみれとなった撮影を終え、区界駅で暖を取ってから盛岡行きの各停DCの暖かい車内に乗り込みました。