この当時の雑誌 鉄道ファン に、千葉県の 8620 牽引の貨物列車をクルマで追いかけて撮影する記事が載せられていました。
残念ながらまだ免許が取れない歳なので、この魅力的な列車を鉄道利用で、同様な追いかけができないかとやってみました。
総武本線から東金線経由で、外房線へと向かう面白いローカル貨物列車で、追いかけの最初は総武本線の東金駅で下車、東金線を求名駅方向へ進んだ地点で待ち受けました。
小雨が降り出した中を、38671 がクルクルパーが邪魔ですが、整った姿を現わしました。
撮影後、急いで東金駅に戻り、今度は大網駅に行きました。
ここでは外房線の旅客列車を牽引する C57 が、C58 牽引の貨物列車を退避させて出発して行く姿が見られました。
外房線の永田駅方向に進み、先程撮影した列車を待っているうちに、雨がどんどん強くなってきてしまいました。
駅に戻って折返しの到着を待っていると次第に雨がやみ、先程の場所の近くへと戻ります。
今度はバック運転で、静かに近づいて来ました。
雨が止んだので、水を張った田圃に写っています。
バック運転での到着後、駅のはずれのターンテーブルで方向転換をします。
転換後、再び先程の貨物列車の先頭に向かいます。
中線にて、発車時刻までしばらく待機しています。
発車時刻が近づいてので、福俵駅方向に進み、出発して来る姿を撮影しました。
ノンビリ走る列車なので、もう一度追い越して撮影ができるので南酒々井駅で下車、佐倉駅方向へと歩きました。
再び小雨が降り出し、風も吹き出した中で、最後の走行写真を撮影できました。
この先、佐倉駅に向けて歩いて行くと、DC急行犬吠 が通過してきました。
既に電化工事が進んでいる中、佐倉駅の構内に着くと、58684 が入換をやっています。
8620 が珍しくて撮影に来たのですが、佐倉機関区には何両か配置されていて、ここで見ることができるのを知りました。
その佐倉機関区では、他の形式も多く見ることができました。
ターンテーブルには C58 が乗り、庫の中には C57 の姿も。
そして、給水タンクの近くには D51 も控えていました。
この当時は渋谷に住んでいたので、千葉県の佐倉はかなり遠い場所だったのです。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2019年7月18日木曜日
2017年2月11日土曜日
佐倉機関区 1968.4.28
前回記事にあげたハチロクの追いかけ後、佐倉機関区にも寄ってみました。
ここにいるのは、C57,C58,D51といったポピュラーな罐ばかりなので、意気込んで訪れたのではなく、帰りがけでフィルムの残りもあるし、軽い気持ちでの寄り道でした。
ヤードではハチロクが入換をしていました。
C58牽引の貨物列車が発車して行きます。
次の写真はC58とC57の重連列車に見えますが、フロントデッキに旗振りが乗っています。
それにしても勢いよく通過して行きました。
機関区の方に行ってみると、若番のC58が並んでいます。
同じ2両を横から。
D51もいました。
奥には石炭積込みクレーン等、機関区らしい風景です。
ターンテーブルではC58が方向転換中。
佐倉の扇形庫は5線しかなく、番号からして切り取られたのでしょうか。
本格的な撮影をしなかった佐倉機関区ですが、この程度の写真でも、今となっては貴重な記録と思っています。
ここにいるのは、C57,C58,D51といったポピュラーな罐ばかりなので、意気込んで訪れたのではなく、帰りがけでフィルムの残りもあるし、軽い気持ちでの寄り道でした。
ヤードではハチロクが入換をしていました。
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| 電化工事用のポールが積荷 |
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| 架線の下を通過 |
次の写真はC58とC57の重連列車に見えますが、フロントデッキに旗振りが乗っています。
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| 2両共力行中 |
機関区の方に行ってみると、若番のC58が並んでいます。
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| C58の3と4の兄弟 |
D51もいました。
奥には石炭積込みクレーン等、機関区らしい風景です。
ターンテーブルではC58が方向転換中。
佐倉の扇形庫は5線しかなく、番号からして切り取られたのでしょうか。
本格的な撮影をしなかった佐倉機関区ですが、この程度の写真でも、今となっては貴重な記録と思っています。
2017年2月9日木曜日
千葉にハチロクを追う 1968.4.28
雑誌「鉄道ファン」に、千葉方面にクルマでハチロクを追いかける記事がありました。
残念ながら車はありませんので、列車を使って同じ貨物列車を追いかけてみました。
目的の貨物列車は、総武線から東金線、そして外房線を往復するもので、東京近郊では珍しく、ハチロクが牽引するものでした。
まずは総武線にて成東駅まで先回りし、東金線を求名方面へ少し行ったところでハチロク牽引の283レを待ちます。
今回の撮影では、撮影後に駅に戻り次の列車に乗って追いかけるので、あまり駅から離れることができません。
急いで駅に戻り、次は大網駅へ向かいました。
大網駅では外房線の客レの交換と共に退避するC58牽引の貨物列車がいて、蒸機列車が3本揃いました。
大網駅から外房線の永田駅方面へ歩き、目的の貨物列車を待っていると、交換のDCがやって来ました。
雨が降りだした中、283レが発車して行きました。
この先は適当な列車が無いので追いかけられず、帰りの282レを待ちます。
雨が小降りになった頃、バック運転で戻ってきました。
大網駅でハチロクは方向転換し、暫し発車まで時間調整をします。
どん詰まりの狭いところにターンテーブルがあります。
入替えて、貨物列車の先頭に連結です。
そして中線で、発車時刻を待ちます。
現在の大網駅からは全く想像できない田舎駅で、総武線と外房線の短絡線の接続のためにだけ存在するように感じられました。
少し福俵方面へ進んだ、まだ駅構内で282レの発車を撮影しました。
ここからもう1度列車で追いかけ、撮影できます。
総武本線の南酒々井駅で下車し、佐倉駅方面へと歩きました。
最後のカットも小雨の上、横風までも吹いてしまいました。
当時の貨物輸送は国鉄の役割が大きく、こんなローカル貨物でも結構な両数になっていました。
この撮影後、佐倉駅まで歩きましたが、電化工事がかなり進捗していて、ポールが建て込まれてきていました。
残念ながら車はありませんので、列車を使って同じ貨物列車を追いかけてみました。
目的の貨物列車は、総武線から東金線、そして外房線を往復するもので、東京近郊では珍しく、ハチロクが牽引するものでした。
まずは総武線にて成東駅まで先回りし、東金線を求名方面へ少し行ったところでハチロク牽引の283レを待ちます。
今回の撮影では、撮影後に駅に戻り次の列車に乗って追いかけるので、あまり駅から離れることができません。
急いで駅に戻り、次は大網駅へ向かいました。
大網駅では外房線の客レの交換と共に退避するC58牽引の貨物列車がいて、蒸機列車が3本揃いました。
大網駅から外房線の永田駅方面へ歩き、目的の貨物列車を待っていると、交換のDCがやって来ました。
雨が降りだした中、283レが発車して行きました。
この先は適当な列車が無いので追いかけられず、帰りの282レを待ちます。
雨が小降りになった頃、バック運転で戻ってきました。
大網駅でハチロクは方向転換し、暫し発車まで時間調整をします。
どん詰まりの狭いところにターンテーブルがあります。
入替えて、貨物列車の先頭に連結です。
そして中線で、発車時刻を待ちます。
現在の大網駅からは全く想像できない田舎駅で、総武線と外房線の短絡線の接続のためにだけ存在するように感じられました。
少し福俵方面へ進んだ、まだ駅構内で282レの発車を撮影しました。
ここからもう1度列車で追いかけ、撮影できます。
総武本線の南酒々井駅で下車し、佐倉駅方面へと歩きました。
最後のカットも小雨の上、横風までも吹いてしまいました。
当時の貨物輸送は国鉄の役割が大きく、こんなローカル貨物でも結構な両数になっていました。
この撮影後、佐倉駅まで歩きましたが、電化工事がかなり進捗していて、ポールが建て込まれてきていました。
38671 8620型蒸気機関車 ハチロク 1C 2-6-0 モーガル 腕木式信号機 遠方信号機 転車台 水田 切り通し 築堤 キハ35 千葉県山武市 千葉県大網白里市 国道126号 昭和43年4月28日
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