中央道から篠ノ井線の姨捨付近での撮影を終え、その後は上田交通別所線に向かい、上田原駅に到着しました。
この頃の上田原駅は、分岐駅では無くなっていましたが、電車区や工場が併設されていて、鉄道線としての中心地でした。
朝の姨捨は好天だったのに、このあたりでは曇天になってしまいましたが、駅近くで待っていると丸窓電車のお出ましです。
田圃越しに電車区を見ると、凸型電機や廃車体まで、色々なのが並んでいました。
今度やって来たのは2両編成です。
お次の丸窓は単行ですね。
電車区に近づいてみると、昼間なのでお休みしているのが沢山いました。
かわいらしい大きさの凸型電機は、動き出す気配が有りませんでした。
上田交通をあとにして、信越本線に向かいます。
軽井沢駅の先で、EF63重連 が押上げてきた 特急白山3号 を撮影しましたが、霧が出てきて霞んでしまいました。
峠道を下り、途中の熊ノ平信号場に着いた時には、すでに夕暮れが近く、薄暗い状態です。
下り線のトンネルにヘッドライトの灯りが見えてきました。
顔を出したのは EF63 です。
機関車の後ろ側には当然ながら何も付いてなく、EF63 の重連単機回送でした。
同じトンネルから 特急あさま17号 が出てきましたが、補機は最後尾なので 189系 が先頭です。
反対側の上り線のトンネルから、EF63 が下って来ました。
これは 特急あさま16号ですが、先頭だけでは分かりません。
その左側の下り線を普通列車が通過しましたが、これまた後ろ姿では EF63 のみが写っていて列車種別が不明です。
既に日が暮れて、三脚を使用しても動体ブレばかりになり、これにて今回の撮影を終了しました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年7月6日月曜日
2020年7月4日土曜日
篠ノ井線 姨捨あたり 1984.6.16
梅雨入り間近の季節でしたが、明日は晴れそうということで、金曜日の夜に出発し、土曜日の早朝に姨捨駅近くに到着しました。
線路を見下ろす場所は、はるかに善光寺平も見通せるのですが、天気が良すぎて完全な逆光になっています。
そんな中を、特急電車の回送列車が通過して行きました。
朝日が棚田に反射して、田毎の月ならぬ、田毎の太陽といったところです。
続いて EF64重連 の牽引する上り貨物が来ましたが、かろうじて重連の姿を確認できます。
姨捨駅に行ってみると、下りの貨物列車が退避のため、駅に進入してきました。
このあと、お隣の羽尾信号場に向かいます。
客車急行の ちくま3号 が、EF64 に牽引されて本線を駆け下って来ました。
羽尾信号場のポイントの向こうから、殆んど荷の無い貨物列車が勾配を上って来ます。
そのまま本線を通過して行きましたが、牽いてる貨車はヨ1両のみでした。
同じ場所を下って来る貨物列車が見えます。
こちらは数両の貨車を従えていて、やはり本線を通過して行きました。
篠ノ井線の撮影はこれまでとし、次の目的地である上田交通別所線に向けて移動しました。
線路を見下ろす場所は、はるかに善光寺平も見通せるのですが、天気が良すぎて完全な逆光になっています。
そんな中を、特急電車の回送列車が通過して行きました。
朝日が棚田に反射して、田毎の月ならぬ、田毎の太陽といったところです。
続いて EF64重連 の牽引する上り貨物が来ましたが、かろうじて重連の姿を確認できます。
姨捨駅に行ってみると、下りの貨物列車が退避のため、駅に進入してきました。
このあと、お隣の羽尾信号場に向かいます。
客車急行の ちくま3号 が、EF64 に牽引されて本線を駆け下って来ました。
羽尾信号場のポイントの向こうから、殆んど荷の無い貨物列車が勾配を上って来ます。
そのまま本線を通過して行きましたが、牽いてる貨車はヨ1両のみでした。
同じ場所を下って来る貨物列車が見えます。
こちらは数両の貨車を従えていて、やはり本線を通過して行きました。
篠ノ井線の撮影はこれまでとし、次の目的地である上田交通別所線に向けて移動しました。
2017年7月10日月曜日
電化後の 篠ノ井線 姨捨 あたり 1984.6.16
SL現役の頃の篠ノ井線は、冠着越えとしてD51が活躍していましたが、1970年無煙化、1973年電化と幹線ゆえ近代化が早かったので、残念ながらD51の姿は撮影していません。
その篠ノ井線、姨捨駅あたりを訪れたのは電化後10年以上経過した、1984年の6月でした。
夜通しクルマを走らせて、早朝の姨捨駅近くの山裾に到着しましたが、6月にしては好天に恵まれ、朝日に照らされた眼下を回送電車が勾配を上ってきました。
続いて上りの貨物列車が来ましたが、田毎の月ならぬ、田毎の朝日のような光景です。
姨捨駅に行ってみると、貨物列車が退避のため入線してきました。
そしてスイッチバックで後進、出発して行きます。
次に桑ノ原信号場へと向かいました。
急行ちくま3号が勾配を下って来ました。
夜行急行のこの列車は、12系と20系で編成されています。
上り貨物列車が、車掌車1両のみぶら下げて信号場へやって来ました。
引き上げ線とのダブルクロスを通過し、遥か先の山裾を上って行きました。
同じ山裾を下り貨物列車が下りてきました。
そして、信号場を通過して行きます。
篠ノ井線の撮影はこれにて切り上げ、次の撮影地に向かいました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
その篠ノ井線、姨捨駅あたりを訪れたのは電化後10年以上経過した、1984年の6月でした。
夜通しクルマを走らせて、早朝の姨捨駅近くの山裾に到着しましたが、6月にしては好天に恵まれ、朝日に照らされた眼下を回送電車が勾配を上ってきました。
続いて上りの貨物列車が来ましたが、田毎の月ならぬ、田毎の朝日のような光景です。
姨捨駅に行ってみると、貨物列車が退避のため入線してきました。
そしてスイッチバックで後進、出発して行きます。
次に桑ノ原信号場へと向かいました。
急行ちくま3号が勾配を下って来ました。
夜行急行のこの列車は、12系と20系で編成されています。
上り貨物列車が、車掌車1両のみぶら下げて信号場へやって来ました。
引き上げ線とのダブルクロスを通過し、遥か先の山裾を上って行きました。
同じ山裾を下り貨物列車が下りてきました。
そして、信号場を通過して行きます。
篠ノ井線の撮影はこれにて切り上げ、次の撮影地に向かいました。
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