小樽築港機関区

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2020年1月10日金曜日

 日南線 と 志布志線 1973.2.16

 九州3日目はローカル線巡りで、宮崎から日南海岸を南下し、志布志から再び内陸に入り、都城方面に向かうコースです。

 先ずは日南線に沿って走り、大堂津駅と油津駅の間の海岸で、上り貨物を逆光の中で撮影します。


 そのまま南下を続けると、先行していた下り貨物列車を追い越せるので、榎原駅と日向大束駅の間で撮れたのですが、既に峠を越えた後なので、煙を吐かずに駆け下って来ました。


 この先も線路と道路が並走しているので、今度は串間駅と福島今町駅の間で待ち受けます。


 先程より貨物の量が増えていますが、やはり煙は出してくれませんでした。


 そのまま進むとまもなく志布志駅に着き、お隣には機関区があります。


 ここでは志布志線用の C58 と、日南線・大隅線用の C11 の姿が見られます。


 機関区の敷地は狭く、すぐそばの志布志駅に停車中のDCや、C58 を先頭にした貨物列車が見られます。


 機関庫は立派とは言えない代物で、鉄骨造のスレート貼りです。


 クラの中では、C11 や C58 が休んでいました。


 志布志機関区のあとは、志布志線の撮影に向かい、単線ホーム1面だけの岩北駅が見える場所に来ました。


 門デフの C58 が下り貨物を牽いて来ましたが、山越えのあとなので、煙は全く吐いてくれません。


 次は上り貨物なので、伊崎田駅と大隅松山駅の間の勾配区間でスタンバイし、煙を期待します。


 大きなカーブを回り込み、門デフの C58 が黒煙を吹き上げながら快走して来ました。


 このあとは日豊本線に向かったのですが、そちらはまた次回に。

2019年11月12日火曜日

 日豊本線 おまけの 志布志線 1971.7.22

 九州入りして2日目のこの日は朝から快晴で、宿泊地である宮崎でも1枚撮っておこうと、大淀川の河畔でフェニックスと共に、C57 の客車列車を撮影しました。


 本日のメインの撮影地は田野駅と日向沓掛駅の間で、カーブする線路を見下ろす小高い場所にて列車を待ちました。

 やって来たのは C57 の単機回送で、下り勾配を軽やかに転がって行きました。


 次は狙い目の上り貨物で、近づいてくる姿を見ると、煙が2本上がっているようです。


 幸運にも C57 と C56 の重連で、C56 もしっかりと力行運転してくれています。


 気を良くして田野駅に行ってみると、先程単機で通過した、門デフの C57 がホームの先端に停まっていました。


 寝台特急彗星を牽引して、DF50 が田野駅を通過します。


 今度は上りの普通列車の時間になったので、田野駅のはずれで、多数の腕木式信号機と共に撮影します。


 これにて日豊本線を離れて、宿泊地である人吉へと移動を開始しました。

 途中の今町駅と末吉駅の間で、志布志線の貨物列車を撮影できるので、逃がさないように迎え撃ちます。


 この頃の道路事情は、国道でも未舗装が多く速度が上がらないので、移動時間が多くかかり、撮影本数をあまり稼げませんでした。

2017年10月8日日曜日

志布志線・日豊本線 そして 吉都線 1973.2.16~17

 前回の続きで、志布志駅からは、志布志線の貨物列車の撮影に向かいました。

 岩北駅が見える場所にて下り貨物列車を待っていると、カーブの向こうから惰行運転でC58が姿を見せました。


 岩北駅はホーム一面だけの無人駅で、列車は何事もなく、通り過ぎて行きます。


 次は上り貨物列車を撮影すべく、大隅松山駅と伊崎田駅の間の、カーブを見下ろす地点に陣取りました。


 傾き始めた陽射しの中を、門デフのC58が走り抜けて行きます。


 志布志線の撮影を切り上げて、都城を通過し、日豊本線の楠ケ丘信号場と山之口駅の間の鉄橋に到着しました。

 ここで下りの 寝台特急富士 を撮影します。


 夕方5時になって、ようやくここまで到達したのです。


 本日最後に、上り貨物列車を撮影します。


 もうすぐ陽が落ちる中を、白煙をたなびかせて通過して行きました。


 翌2月17日です。

 この日は吉都線の撮影を予定していましたが、冬場には珍しく朝から雨が降っていました。
 それでも朝の小林駅に向かいますと、停車中の貨物列車の横に、上り客車列車を牽引してD51が到着しました。


 短い停車の後、黒煙を上げて発車して行きます。


 貨物列車は、閉塞が開くまでしばらく停車しています。


 やがて、薄暗い中を目一杯黒煙を上げながら発車して行きました。


 このまま天気が回復しないので、この日の撮影は取りやめ、休養日となりました。


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2017年7月14日金曜日

日之影線・日豊本線・志布志線 1971.7.21-22

 1971年から川崎港と九州の日向港を結ぶカーフェリーの運航が始まったので、早速夏休みにこれを利用して、クルマ利用の九州撮影旅行を企てました。

 丸1日をかけて翌日の午後に日向港に到着、最初に向かったのは少し北の、延岡駅から伸びるローカル線、日之影線でした。

 当時は日之影駅までしか開通しておらず、阿蘇の高森駅までの計画がありましたが、1972年に高千穂駅まで開業し、路線名も高千穂線に変更しましたが、三セク転換後、廃線になりました。

 この線にはC12牽引による貨物列車が設定されていましたが、時間的にあまり深入りできないので、行縢駅での撮影となりました。


 撮影後は本日の宿がある宮崎へと向かいました。

 もう夕方になってしまい、天気も悪いので、C57牽引の貨物列車を大淀川で1本撮影して、本日は終わりとしました。


 翌朝は快晴、大淀川を渡るC57をフェニックスに絡めてまず1枚。


 日豊本線沿いに南下し、日向沓掛駅と田野駅の間のカーブした築堤を見下ろす場所に撮影ポイントを定めました。

 やって来た貨物列車は、C57の次位にC56が付いた重連です。


 どちらも煙を吐いているので、回送ではありません。


 撮影後は田野駅に向かいました。
 構内にはC57が単機で佇んでいます。


 そして、DF50牽引の寝台特急彗星が通過します。


 次の上り客車列車は、発車の様子を腕木信号機と一緒に撮影。


 日豊本線の撮影はこれまでとし、明日に備えて移動します。

 当時の道路は殆んど未舗装で、速度が低く、移動時間に多くを費やしました。

 途中で志布志線に立寄り、今町駅と末吉駅の間で、C58牽引の貨物列車を撮影です。


 明日は肥薩線の大畑越えに向かう予定です。


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