九州3日目はローカル線巡りで、宮崎から日南海岸を南下し、志布志から再び内陸に入り、都城方面に向かうコースです。
先ずは日南線に沿って走り、大堂津駅と油津駅の間の海岸で、上り貨物を逆光の中で撮影します。
そのまま南下を続けると、先行していた下り貨物列車を追い越せるので、榎原駅と日向大束駅の間で撮れたのですが、既に峠を越えた後なので、煙を吐かずに駆け下って来ました。
この先も線路と道路が並走しているので、今度は串間駅と福島今町駅の間で待ち受けます。
先程より貨物の量が増えていますが、やはり煙は出してくれませんでした。
そのまま進むとまもなく志布志駅に着き、お隣には機関区があります。
ここでは志布志線用の C58 と、日南線・大隅線用の C11 の姿が見られます。
機関区の敷地は狭く、すぐそばの志布志駅に停車中のDCや、C58 を先頭にした貨物列車が見られます。
機関庫は立派とは言えない代物で、鉄骨造のスレート貼りです。
クラの中では、C11 や C58 が休んでいました。
志布志機関区のあとは、志布志線の撮影に向かい、単線ホーム1面だけの岩北駅が見える場所に来ました。
門デフの C58 が下り貨物を牽いて来ましたが、山越えのあとなので、煙は全く吐いてくれません。
次は上り貨物なので、伊崎田駅と大隅松山駅の間の勾配区間でスタンバイし、煙を期待します。
大きなカーブを回り込み、門デフの C58 が黒煙を吹き上げながら快走して来ました。
このあとは日豊本線に向かったのですが、そちらはまた次回に。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年1月10日金曜日
2019年11月12日火曜日
日豊本線 おまけの 志布志線 1971.7.22
九州入りして2日目のこの日は朝から快晴で、宿泊地である宮崎でも1枚撮っておこうと、大淀川の河畔でフェニックスと共に、C57 の客車列車を撮影しました。
本日のメインの撮影地は田野駅と日向沓掛駅の間で、カーブする線路を見下ろす小高い場所にて列車を待ちました。
やって来たのは C57 の単機回送で、下り勾配を軽やかに転がって行きました。
次は狙い目の上り貨物で、近づいてくる姿を見ると、煙が2本上がっているようです。
幸運にも C57 と C56 の重連で、C56 もしっかりと力行運転してくれています。
気を良くして田野駅に行ってみると、先程単機で通過した、門デフの C57 がホームの先端に停まっていました。
寝台特急彗星を牽引して、DF50 が田野駅を通過します。
今度は上りの普通列車の時間になったので、田野駅のはずれで、多数の腕木式信号機と共に撮影します。
これにて日豊本線を離れて、宿泊地である人吉へと移動を開始しました。
途中の今町駅と末吉駅の間で、志布志線の貨物列車を撮影できるので、逃がさないように迎え撃ちます。
この頃の道路事情は、国道でも未舗装が多く速度が上がらないので、移動時間が多くかかり、撮影本数をあまり稼げませんでした。
本日のメインの撮影地は田野駅と日向沓掛駅の間で、カーブする線路を見下ろす小高い場所にて列車を待ちました。
やって来たのは C57 の単機回送で、下り勾配を軽やかに転がって行きました。
次は狙い目の上り貨物で、近づいてくる姿を見ると、煙が2本上がっているようです。
幸運にも C57 と C56 の重連で、C56 もしっかりと力行運転してくれています。
気を良くして田野駅に行ってみると、先程単機で通過した、門デフの C57 がホームの先端に停まっていました。
寝台特急彗星を牽引して、DF50 が田野駅を通過します。
今度は上りの普通列車の時間になったので、田野駅のはずれで、多数の腕木式信号機と共に撮影します。
これにて日豊本線を離れて、宿泊地である人吉へと移動を開始しました。
途中の今町駅と末吉駅の間で、志布志線の貨物列車を撮影できるので、逃がさないように迎え撃ちます。
この頃の道路事情は、国道でも未舗装が多く速度が上がらないので、移動時間が多くかかり、撮影本数をあまり稼げませんでした。
2017年10月8日日曜日
志布志線・日豊本線 そして 吉都線 1973.2.16~17
前回の続きで、志布志駅からは、志布志線の貨物列車の撮影に向かいました。
岩北駅が見える場所にて下り貨物列車を待っていると、カーブの向こうから惰行運転でC58が姿を見せました。
岩北駅はホーム一面だけの無人駅で、列車は何事もなく、通り過ぎて行きます。
次は上り貨物列車を撮影すべく、大隅松山駅と伊崎田駅の間の、カーブを見下ろす地点に陣取りました。
傾き始めた陽射しの中を、門デフのC58が走り抜けて行きます。
志布志線の撮影を切り上げて、都城を通過し、日豊本線の楠ケ丘信号場と山之口駅の間の鉄橋に到着しました。
ここで下りの 寝台特急富士 を撮影します。
夕方5時になって、ようやくここまで到達したのです。
本日最後に、上り貨物列車を撮影します。
もうすぐ陽が落ちる中を、白煙をたなびかせて通過して行きました。
翌2月17日です。
この日は吉都線の撮影を予定していましたが、冬場には珍しく朝から雨が降っていました。
それでも朝の小林駅に向かいますと、停車中の貨物列車の横に、上り客車列車を牽引してD51が到着しました。
短い停車の後、黒煙を上げて発車して行きます。
貨物列車は、閉塞が開くまでしばらく停車しています。
やがて、薄暗い中を目一杯黒煙を上げながら発車して行きました。
このまま天気が回復しないので、この日の撮影は取りやめ、休養日となりました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓筑豊本線 折尾 1971.7.31 より
岩北駅が見える場所にて下り貨物列車を待っていると、カーブの向こうから惰行運転でC58が姿を見せました。
岩北駅はホーム一面だけの無人駅で、列車は何事もなく、通り過ぎて行きます。
次は上り貨物列車を撮影すべく、大隅松山駅と伊崎田駅の間の、カーブを見下ろす地点に陣取りました。
傾き始めた陽射しの中を、門デフのC58が走り抜けて行きます。
志布志線の撮影を切り上げて、都城を通過し、日豊本線の楠ケ丘信号場と山之口駅の間の鉄橋に到着しました。
ここで下りの 寝台特急富士 を撮影します。
夕方5時になって、ようやくここまで到達したのです。
本日最後に、上り貨物列車を撮影します。
もうすぐ陽が落ちる中を、白煙をたなびかせて通過して行きました。
翌2月17日です。
この日は吉都線の撮影を予定していましたが、冬場には珍しく朝から雨が降っていました。
それでも朝の小林駅に向かいますと、停車中の貨物列車の横に、上り客車列車を牽引してD51が到着しました。
短い停車の後、黒煙を上げて発車して行きます。
貨物列車は、閉塞が開くまでしばらく停車しています。
やがて、薄暗い中を目一杯黒煙を上げながら発車して行きました。
このまま天気が回復しないので、この日の撮影は取りやめ、休養日となりました。
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2017年7月14日金曜日
日之影線・日豊本線・志布志線 1971.7.21-22
1971年から川崎港と九州の日向港を結ぶカーフェリーの運航が始まったので、早速夏休みにこれを利用して、クルマ利用の九州撮影旅行を企てました。
丸1日をかけて翌日の午後に日向港に到着、最初に向かったのは少し北の、延岡駅から伸びるローカル線、日之影線でした。
当時は日之影駅までしか開通しておらず、阿蘇の高森駅までの計画がありましたが、1972年に高千穂駅まで開業し、路線名も高千穂線に変更しましたが、三セク転換後、廃線になりました。
この線にはC12牽引による貨物列車が設定されていましたが、時間的にあまり深入りできないので、行縢駅での撮影となりました。
撮影後は本日の宿がある宮崎へと向かいました。
もう夕方になってしまい、天気も悪いので、C57牽引の貨物列車を大淀川で1本撮影して、本日は終わりとしました。
翌朝は快晴、大淀川を渡るC57をフェニックスに絡めてまず1枚。
日豊本線沿いに南下し、日向沓掛駅と田野駅の間のカーブした築堤を見下ろす場所に撮影ポイントを定めました。
やって来た貨物列車は、C57の次位にC56が付いた重連です。
どちらも煙を吐いているので、回送ではありません。
撮影後は田野駅に向かいました。
構内にはC57が単機で佇んでいます。
そして、DF50牽引の寝台特急彗星が通過します。
次の上り客車列車は、発車の様子を腕木信号機と一緒に撮影。
日豊本線の撮影はこれまでとし、明日に備えて移動します。
当時の道路は殆んど未舗装で、速度が低く、移動時間に多くを費やしました。
途中で志布志線に立寄り、今町駅と末吉駅の間で、C58牽引の貨物列車を撮影です。
明日は肥薩線の大畑越えに向かう予定です。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓関西本線柘植駅にて。
丸1日をかけて翌日の午後に日向港に到着、最初に向かったのは少し北の、延岡駅から伸びるローカル線、日之影線でした。
当時は日之影駅までしか開通しておらず、阿蘇の高森駅までの計画がありましたが、1972年に高千穂駅まで開業し、路線名も高千穂線に変更しましたが、三セク転換後、廃線になりました。
この線にはC12牽引による貨物列車が設定されていましたが、時間的にあまり深入りできないので、行縢駅での撮影となりました。
撮影後は本日の宿がある宮崎へと向かいました。
もう夕方になってしまい、天気も悪いので、C57牽引の貨物列車を大淀川で1本撮影して、本日は終わりとしました。
翌朝は快晴、大淀川を渡るC57をフェニックスに絡めてまず1枚。
日豊本線沿いに南下し、日向沓掛駅と田野駅の間のカーブした築堤を見下ろす場所に撮影ポイントを定めました。
やって来た貨物列車は、C57の次位にC56が付いた重連です。
どちらも煙を吐いているので、回送ではありません。
撮影後は田野駅に向かいました。
構内にはC57が単機で佇んでいます。
そして、DF50牽引の寝台特急彗星が通過します。
次の上り客車列車は、発車の様子を腕木信号機と一緒に撮影。
日豊本線の撮影はこれまでとし、明日に備えて移動します。
当時の道路は殆んど未舗装で、速度が低く、移動時間に多くを費やしました。
途中で志布志線に立寄り、今町駅と末吉駅の間で、C58牽引の貨物列車を撮影です。
明日は肥薩線の大畑越えに向かう予定です。
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