小樽築港機関区

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2025年1月10日金曜日

 北東北から函館へ その2(八戸線から津軽海峡へ)  2024.7.2~3

  八戸市内で宿泊した翌日、かつての撮影地を見てみようと小中野駅と陸奥湊駅の間の新井田川の鉄橋に向かいました。

 事前に調べた列車ダイヤでは列車の通過までは時間があるので、周辺の街並みを見るべく辺りをうろついていると、なんとDC列車が民家の屋根の向こうを通過して行きます。

 どうやらダイヤが古く、改正されて時間が早まっていたようで、仕方がないので線路だけを撮影することになりました。


 同じ場所で撮影したものは既にブログに載せていますが、再掲します。


 プレートガーダーの架け替えと橋脚の更新が行われていますが、同じような建物が存続していました。

 このあとは観光で、十和田市現代美術館に向かいます。

 到着の少し前に保存蒸機を発見したので、美術館の後に見に行きました。


 D51663 が十和田市民文化センターの敷地に保存されていて、屋根付きではありますが、薄汚れています。


 太い柱が撮影の邪魔をしていますが、屋根があるので朽ち果てることは無さそうに思われました。

 この日は青森市内に宿泊し翌日はフェリーで青函海峡を渡り、SL現役の頃の思い出に浸ることにします。

 フェリー乗り場は青森駅からは少々離れていて、当然のことながら、昔のイメージとは全く異なっていました。


 紙テープで別れを惜しむこともなく、岸壁を離れて行きます。


 船首の指定席を確保していたので、前方を見ながらの船旅を満喫しました。

 やがて函館に近づき、函館山の半島が見えてきます。


 さらに進むと山の頂上の施設が見え、さらに遠方には駒ヶ岳の特徴ある姿が確認できました。


 このあたりからかつての連絡船の航路から外れ、五稜郭方向へと向かい、前方に五稜郭タワーが現われます。


 真横方向では、函館山のロープウェイが頂上の乗り場と共に望めました。


 いよいよ接岸ですが、五稜郭のフェリーターミナルなので、青森同様、かつての思い出の再現とはいきません。


 ここからタクシーで部屋に向かい、今回の北東北経由、船旅での函館行は終了しました。


2024年12月30日月曜日

 北東北から函館へ その1(八戸線) 2024.7.1

 7月の初めに、北東北を回ってから函館に行くことにしました。

 大宮駅で北陸新幹線から東北新幹線に乗り換えて、3時間半ほどで二戸駅に到着し、ここからレンタカーで観光をしながら、着いたところは久慈駅です。


 写真はJR久慈駅で八戸線の終点ですが、三陸鉄道との接続駅で、三鉄の車両が並んでいました。


 駅の隣には久慈市情報交流センターがあり、ここの最上階の展望室からは駅の構内が見下ろせます。


 ガラスの反射が写り込むのが玉に瑕ですが。

 JRのホームには八戸線の車両が停まっていました。


 駅前ロータリーの駅舎と対面するところには、駅前デパートと称する年季の入った建物が残っています。


 JRの駅舎の左手には、朝ドラのあまちゃんでおなじみの三陸鉄道の派手な駅舎が並んでいました。


 JRの駅舎に入ると、八戸線の車両がホーム越しに見えます。


 駅舎を回り込んでいくと、三鉄の車両がうまい具合に撮れました。


 ここらで切り上げて、八戸線に沿うように北上します。

 途中の大蛇駅に立ち寄りました。


 駅名にひかれて見に来たのですが、列車交換もできない面白みのない駅です。


 この先SL現役時代にC58を撮影した種差海岸にも立ち寄ったのですが、観光のみで鉄はできませんでした。

 さらに北上し、これまた観光で蕪島に行きましたが、ここもSL時代に寄った時とは大違いで、すっかり観光地化しています。


 次に立ち寄ったのは鮫駅で、かつてこの駅の構内でC58のバック運転の貨物列車を撮影したのですが、現在は全く様変わりしていました。


 昔の様子については、1972年3月14日の八戸線の撮影記をご覧ください。

 以上でこの日の記録は終了です。

 この旅はまだ続くのですが、掲載が年をまたぐことになってしまいました。

 来年も続きますので、どうぞよろしくお願いします。


2019年12月15日日曜日

 C58 の走る 八戸線 1972.3.14

 東北方面でも無煙化が進み、SLを求めて、今まで足を踏み入れなかったローカル線に向かうようになりました。

 そのローカル線では C58 や C11 といったあまり人気の無いSLが使用されることが多いのですが、贅沢は言っていられず、八戸線に向かいました。

 夜行列車から始発列車に乗り継ぎ、陸奥白浜駅に降り立ったのは、海を入れてのカットが撮影したいからで、鮫駅方向に歩きました。

 雪原に朝日があたり始めると、遠くから C58 の汽笛が聞こえてきました。


 西風が強烈で、煙が地を這ってしまいます。


 すぐ横は海岸ですが、東側なので逆光になってしまいます。


 後ろ姿で、ようやく海を入れての撮影ができました。


 次の撮影場所は漁港らしいところとして、陸奥湊駅で下車、小中野駅方向に進み、鉄橋をサイドから撮れる場所にて待ちました。

 このあたりでは通勤用に客車列車が設定されていますが、まずは下りの客レからです。


 強い風にあおられて、あと押しのようになってしまいました。

 次は上りの客レですが、区間運転の列車はバック運転での運用です。


 ウミネコの飛び交う中を、通り過ぎて行きました。


 次は鮫駅のはずれで、スイッチャーの陰から上り貨物を撮影します。


 区間運転の鮮魚列車が出発して行きました。


 明日の撮影は五能線なので、移動時間がかかるため、まだ陽が高いのにこれにて車中の人になりました。

2017年8月26日土曜日

八戸線のC58 1972.3.14

 この頃になると本州の幹線筋にはSLの姿が見られなくなり、ローカル線巡りの撮影ばかりになってしまいました。

 夜行列車で八戸駅に着き、八戸線の始発列車に乗って6時過ぎに陸奥白浜駅に降り立ちました。
 海を入れた写真を撮れるかなと思って向かったわけで、八戸線の紹介記事は見たことがありませんでした。

 雪を踏みしめながら鮫駅方向へと歩き、撮影ポイントを定めました。


 強い横風を受けながら、C58牽引の下り貨物列車が通過して行きます。


 朝日を浴びた後姿がきれいです。


 列車が通り過ぎると、ようやく海辺であることが分かります。

 八戸線の列車は、鮫駅までの区間列車が多いので、陸奥湊駅まで戻り、小中野駅方向の鉄橋に向かいました。

 下り客車列車が来ましたが、後からの風にあおられ進行方向が分かりません。


 陸奥湊駅を客車列車が発車してきましたが、C58は逆向運転です。


 ウミネコが乱舞し、汽車と競走しているようです。


 この後、しばらく列車が無いので、ウミネコの島として知られる蕪島へ、暫し観光に訪れましたが、今とは違って寂しいところでした。

 鮫駅に戻り、駅構内のはずれで、上りの鮮魚輸送列車の発車を撮影します。


 広い構内に腕木信号機、右に写っているのは入換用のDLです。

 まだ昼過ぎですが、これで切り上げて、明日の撮影地へと移動しました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓湯前線・肥薩線・三角線 1971.7.24 より

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