小樽築港機関区

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2019年8月27日火曜日

 布原で過ごした3日間(その3) 1969.8.21

 布原詣での3日目ですが、この日ようやく三重連が運転されると信号場で聞いて、安堵しながら撮影に向かいました。

 ここでの三重連の写真は、鉄橋横から正面勝ちに撮られた例が多く、また順光にもなるのですが、あえて逆光側の横勝ちに撮れる斜面に登りました。


 他の列車を撮影しながら時間を過ごし、ようやく信号場にその姿を現わしたD51三重連 は、勢い良く煙を上げながら、トンネルに向かってダッシュして行きました。


 無事に撮影できたので、ご機嫌よくこの日も川遊びに降りて行きました。


 単機回送のあとに重連の貨物列車が来ますが、これをつなげてくれれば、もう1本三重連ができるのですが。


 信号場のすぐ横に小山があるので登ってみます。

 ここからは新見駅方向しか見えず、列車は絶気運転でやって来ます。


 昨日県道から撮影した列車ですが、後部に逆向き重連補機を連結しています。


 次は、やはり昨日県道で撮影した芸備線の貨物列車で、最後尾に C58 の逆向き補機が付いています。


 足元を見下ろすと、丁度信号場のポイントを通過する姿が見えます。


 この日は広島駅に向かうので、これにて終了し、お世話になった信号場の係員にお礼を述べてから、芸備線の乗客になりました。

 途中の木次線との接続駅である備後落合駅では、木次線の C56 の上り貨物が撮影できるので、比婆山駅方向に進み、鉄橋で待ち構えました。


 備後落合駅に戻ると、芸備線用の C58 が数両待機していて、この当時は活気がありました。


 引続き芸備線の乗客になり、広島駅を目指します。

2019年8月25日日曜日

 布原で過ごした3日間(その2) 1969.8.20

 2日目の布原信号場に降り立って聞いた言葉は、昨日と同じ係員からの「今日も三重連はありません」でした。

 前日夕方の貨物列車が軽く、補機が連結されないときは翌日の三重連は無し、つまり1両は回送として連結された結果、三重連が出来上がるのです。

 いきなりやる気をそがれたのですが、備中神代駅方向に進み、鉄橋で列車の通過を待ちます。


 2492レの時間が近づいたので、新見駅側の鉄橋に移動します。


 発車して来る D51重連 は迫力はあるのですが、やはり少々物足りないです。

 この日も暑いので、川原へ降りて、何カットかを撮影します。


 暑さに負けずに俯瞰撮影をしようと、上の方を走る県道に登ることにしました。

 途中でやって来た芸備線の客車列車を撮影します。


 県道からの撮影場所は備中神代駅との間になりますが、線路はかなり下の方にあり、夏の空気で靄がかかったように見えます。


 この貨物は、後補機に 逆向きD51重連 が付いているのですが、定かには見えません。


 伯備線の旅客用は、単行のDCです。


 次の芸備線の短い貨物列車は、前後に C58 が付いています。


 この先はトンネルに入るので、撮影できる範囲は限られます。


 信号場にお邪魔して、お茶をごちそうになりながら昼飯弁当を食べます。
 連日、親切にしていただいていますが、この日も他には撮影者はいませんでした。

 撮影を再開し、今度は良く撮影されるポイントから撮ってみました。


 同じ方向を、もう一度川原から撮ってみます。


 もうしばらくたってから引き上げましたが、明日が最後なので、三重連が運転されるか心配しました。

2019年8月23日金曜日

 布原で過ごした3日間(その1) 1969.8.19

 この頃になると、伯備線の D51三重連 の存在がファンの間で知れ渡ってきましたが、以前訪問した時は後ろ姿しか撮影できなかったので、今回は3日間じっくりと撮影することにしました。

 先ずは前日に新見入りするときに撮影した C58 の入換の様子です。


 テンダーの十字マークと、変てこな火の粉止めと切欠きデフが目立ちます。

 翌朝、新見駅の時刻表に「布原停車」と標記されているDCに乗り、次の布原信号場で下車したのですが、係員から本日は三重連無しと聞いてガッカリしました。


 先に通過したのは、芸備線の下り貨物列車で、C58 の牽引です。

 しばらく待つと、布原に暫し停車した三重連ならぬ D51重連 が、勢いよく煙を上げながら通過して行きました。


 我々以外には撮影者は無く、真夏の暑さの中、川原に降りて涼を取りながら撮影しました。


 今度は信号場の先に進み、木陰に身を潜めてやって来る列車を待ちます。


 この芸備線の下り貨物は、後部に C58 の補機が連結されています。

 その後もあたりをうろつき、再び川原の反対側に降りてみました。


 芸備線の客車列車ですが、この時は特に感動もせず、こんなものかと思いながら撮った記憶があります。

 翌日の三重連運転を期待して、新見の宿に早めに戻りました。

2019年6月26日水曜日

 初めて訪れた 布原信号場 1967.7.30

 駅近くの宿を出て、新見駅の改札上の時刻表に「布原停車」と書かれていた単行のDCに乗り、お隣の布原信号場に向かいました。

 ここには D51三重連 の貨物が設定されていることをピクトリアル誌で見たのですが、運転時刻等については全く分かりませんでした。

 トンネルを出たらすぐに信号場だったので、反対側の備中神代駅側に向かって進むと鉄橋があり、これを渡った先で撮影を開始しました。


 D51 の牽く貨物列車が通過し、C58 の単機回送もやって来ました。


 しばらくすると、後ろから列車の音がするので振り向くと、D51 が3両つながって来たのです。


 大慌てで、かろうじて後追いでの撮影ができました。


 このあとは場所を移動し、信号場にほど近い山裾に行きました。


 やって来たのは、伯備線の D51重連 の貨物列車でした。

 信号場方向からは、芸備線の客レを C58 が牽引してきましたが、お隣の備中神代駅までは伯備線と芸備線の両方の列車が通過するので、かなりの列車密度です。


 下り貨物を D51 が牽引してきましたが、この列車の後部には、逆向きD51重連 の補機が付いていました。


 その次は、C58 の牽く芸備線の下り貨物です。


 まだお昼なのですが、今日中に大阪まで戻らなければならないので、短いホームから単行DCに乗り、布原信号場を後にしました。