小樽築港機関区

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2019年12月19日木曜日

 陸羽西線の C58 1972.3.16

 東北地方のローカル線巡りの3日目は、C58 の走る陸羽西線です。

 同じ C58 の走る陸羽東線は、勾配区間があるので貨物には補機運用があり、客車列車もあるのですが、陸羽西線にはさしたる勾配も無く、鉄道誌にもあまり取り上げられない線区でした。

 新庄駅から各停DCに乗り、古口駅に降りてみましたが、撮影効率が良さそうに思えただけで、他に理由はありません。

 雪を踏みしめて高屋駅方向に歩き、刈り取られた田圃の中で、古口駅を発車して来る貨物列車を待ちました。


 先に上りのDC急行が来ましたが、こんなローカル線にも長い編成の優等列車が運転されていたのです。

 交換で、発車の汽笛が響きました。


 晴れ渡った中を、白煙をたなびかせて走る姿は、C58 でも十分絵になります。


 次の上り貨物もこのあたりで撮影します。


 駅の手前なので、力行運転とはいきませんが、黒煙を出してくれました。


 最上川に合流する角川の鉄橋を渡り、古口駅に進入して行きます。


 今度は津谷駅方向に進み、最上川を渡る鉄橋のたもとに向かいました。

 やって来たのは各停のDCの混結編成で、当時はありふれたものです。


 次は下り貨物ですが、駅の手前で煙は期待できないので、葉を落とした樹をアクセントに撮ってみました。


 逆に古口駅を発車して来る上り貨物は、大いに力行してくるはずなので、鉄橋を行く姿をオーソドックスに撮影します。


 C58 は期待通りの煙を吐きながら、高速で駆け抜けて行きました。


 これにて3日間の夜行乗り継ぎの撮影を終え、帰途に着きました。

2019年12月17日火曜日

五能線の ハチロク 1972.3.15

 東北地方のローカル線撮影旅、2日目は五能線です。

 8620 が走り、深浦あたりを走る混合列車が良く知られていましたが、全線通しの列車本数が少なく、撮影効率の悪い路線でした。

 それでも東能代駅近くでは通勤用の区間列車があり、朝のうちはこれを撮影すべく、ひなびた沢目駅に降り立ちました。

 8620 が牽引して、長い編成の客車列車がやって来ました。


 無人の沢目駅は通過して行きます。


 急に天候が崩れた中を、反対方向からバック運転で下りの客レが姿を現わしました。


 降り続く雪を避けるために大きな樹の下に避難していると、時刻表には無い、バック運転の単機回送が、雪にかすむ中を通過して行きました。


 間もなく嘘のように晴れ上がり、2本目の上りの通勤列車が近づいて来ました。


 朝の列車は以上なので、深浦駅までのんびりと車窓を楽しみながら移動します。

 ここ深浦駅ではお昼頃に上下の混合列車が1本ずつ通過しますが、広戸駅方向に進み、海側から上り列車を撮影します。


 深浦駅の手前なので、絶気運転です。


 再びモノクロに持ち替えて、カットを稼ぎます。


 深浦駅に戻り、下り列車の到着を待ちます。

 列車は到着すると停車時間が長いので、一旦客車を切り離し、8620 は給水・給炭に向かいます。

 中途半端にターンテーブルに乗り上げて、停車しました。


 すぐそばまで山が迫り、給水ポート等が手狭な中に配置されているためのようです。


 発車時間前に、余裕を持って広戸駅方向に歩き、線路脇の切り通しの上に登ります。

 やがて発車の汽笛が響き、白煙を吐きながら海沿いの道をやって来ました。


 何しろ本数が少ないので、カラー、モノクロとカメラを持ち替えて撮影を続けます。


 切り通しの足元を通過して行きます。


 後ろ姿を撮影すると、海をバックにして奇岩が一緒に入りました。


 深浦駅から本日最後のポイントを求めて、能代駅に向かいました。

 ここから向能代駅方向に戻り、米代川の鉄橋に出ましたが、対岸に渡る道が近くに無いので、橋を見下ろす高台にあがりました。

 先に来たのは上りのDC列車ですが、すでにカラーを使い切ったので、モノクロのブローニーでの撮影です。


 下り貨物の時間になる前に陽が落ちて、スローシャッターしか切れません。


 動体ブレを起こしながら、バック運転の貨物列車を撮影しました。


 今晩の宿も、夜行列車の狭い座席です。

2019年12月15日日曜日

 C58 の走る 八戸線 1972.3.14

 東北方面でも無煙化が進み、SLを求めて、今まで足を踏み入れなかったローカル線に向かうようになりました。

 そのローカル線では C58 や C11 といったあまり人気の無いSLが使用されることが多いのですが、贅沢は言っていられず、八戸線に向かいました。

 夜行列車から始発列車に乗り継ぎ、陸奥白浜駅に降り立ったのは、海を入れてのカットが撮影したいからで、鮫駅方向に歩きました。

 雪原に朝日があたり始めると、遠くから C58 の汽笛が聞こえてきました。


 西風が強烈で、煙が地を這ってしまいます。


 すぐ横は海岸ですが、東側なので逆光になってしまいます。


 後ろ姿で、ようやく海を入れての撮影ができました。


 次の撮影場所は漁港らしいところとして、陸奥湊駅で下車、小中野駅方向に進み、鉄橋をサイドから撮れる場所にて待ちました。

 このあたりでは通勤用に客車列車が設定されていますが、まずは下りの客レからです。


 強い風にあおられて、あと押しのようになってしまいました。

 次は上りの客レですが、区間運転の列車はバック運転での運用です。


 ウミネコの飛び交う中を、通り過ぎて行きました。


 次は鮫駅のはずれで、スイッチャーの陰から上り貨物を撮影します。


 区間運転の鮮魚列車が出発して行きました。


 明日の撮影は五能線なので、移動時間がかかるため、まだ陽が高いのにこれにて車中の人になりました。

2017年8月30日水曜日

陸羽西線 古口 1972.3.16

 今回の東北撮影旅行の最終日は、初日の八戸線以上に鉄道ファンには人気の無かった、陸羽西線を訪れました。

 新庄駅から日本海側の余目駅を結ぶローカル線で、牽引機はC58、見せ場の峠越えもない地味な路線ですが、それだけに一人でのんびりと撮影できました。

 古口駅に降り立ったのに深い理由は無く、列車交換ができ、新庄駅から程良いところに位置していたからです。

 雪道を高屋駅方向へと進み、手ごろな田圃の中に撮影場所を定めると、最初に上りの急行DCがやって来ました。



 古口駅で交換して、下りの貨物列車が発車してきます。



 順光に照らされて、白煙がきれいにたなびいています。



 去り行く姿に見とれながら、慌ててシャッターを切りました。



 今度は上りの貨物列車ですが、長めのレンズで、カーブしてくる姿を狙いました。





 最後は標準レンズのブローニー版で。



 古口駅を通り過ぎて津谷駅方向へ進むと、最上川を渡る鉄橋があります。

 上りの貨物列車の前に、普通DCが来ましたので、一応1枚。



 貨物列車は煙を吐かないので、樹を絡めてブローニー版で撮影しました。



 次の上り貨物列車は煙が期待できるので、川の反対側へ移動し、道路橋を避けながらアングルを定めていると、早々にやって来ました。



 期待通りに、勢いよく煙を吐きながら通過して行きます。



 C58が単機で牽引するローカル線ですが、思いのほか良いものが撮れました。


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2017年8月28日月曜日

8620の走る五能線 1972.3.15

 今ではすっかり観光路線になった五能線ですが、この頃は混合列車を牽引する8620が走る路線として有名でした。

 当時から全線通しで走る列車は少なく、撮影効率が甚だ悪い路線でしたが、東能代駅から沢目駅までの区間列車が通勤用として何本か設定されていたので、まずこれを撮影しに、鳥形駅で下車しました。

 雪に覆われた何もない場所ですが、最初は上りの客車列車からです。


 結構な両数を従えた通勤列車です。


 返しの列車は逆向き牽引です。


 雪がひどくなってきたので隠れていたら、ダイヤに無い下りの単機回送がやって来ました。


 吹雪いたかと思ったら今度は急に回復し、上りの客車列車が来る頃にはすっかり青空になっていました。


 綺麗に晴れ渡っています。


 朝の一仕事を終えて、深浦駅に向かいました。

 深浦駅では上りの混合列車まで時間が無いので、急いで広戸駅方向に進み、海岸の岩場にて待ち受けました。


 駅近くの下り勾配なので、転がるように通過して行きます。


 深浦駅に戻り、下りの混合列車の到着を撮影します。


 機関車を切り離して、入換を行います。


 深浦駅はすぐそばまで丘陵が迫り、ホームの北側のはずれにはターンテーブルが設置されています。


 発車時間が迫ったので、再び広戸駅方向に急ぎ、線路際の岩山から見下ろせる場所にてカメラを構えました。

 発車の汽笛の後、回り込むように列車が姿を現わしました。



 8620らしく、軽快に近づいて来ます。


 観光写真に使われる岩場を通過して行きました。


 この後、深浦駅にいても8620は来ないので、普通DCにて能代駅に向かいました。

 米代川を見下ろす高台で、夕方の貨物列車を待ちますが、その前に普通DCが通過します。


 だんだん暗くなり、貨物列車の通過の頃には露出が上がらず、動体ブレ気味になってしまいました。




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