小樽築港機関区

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2020年6月4日木曜日

 五月の 奥羽本線 庭坂駅 あたり 1983.5.4

 仙山線での撮影のあとは、奥羽本線の板谷峠の入り口、庭坂駅と赤岩駅の間ですが、赤岩駅への細い道を進み、松川を挟んで線路を臨める場所に着きました。

 せっかく撮影可能な場所が見つかったのですが、生憎完全な逆光になるので、どうなることかと思いながら列車の通過を待ちました。

 上りの普通列車がトンネルから姿を現わしましたが、案の定、真っ黒につぶれてしまっています。


 やって来たのは50系のレッドトレインで、このあたりにも進出して来たようです。


 次は 特急つばさ でして、こちらは車体の色が明るいので、少しマシに見えます。


 まわりの緑が飛んでしまうほど明るく処理をして、辛うじて列車の色が確認できました。


 ここでの撮影はあきらめて、板谷峠への勾配が始まる大カーブへと移動します。

 先程に懲りて、線路際の順光側からの撮影ですが、最初の貨物列車は EF71 が単機で牽引してきました。


 少し後ろの方に上がって、今度は下りの客レですが、旧型客車の編成です。


 背後の高い所に通じる道があったので、これを辿って行くと眼下にこのカーブを見下ろせました。

 遠くから赤い電機の姿が近づいてきたのですが、なんと単機回送です。


 左の山影から下りてきたのは、多客臨の ざおう54号 の青い編成です。


 特急つばさ が多数走っているのですが、その合間を縫うように、455系の急行電車が峠に向かって勾配を上って来ました。


 はるか遠くの方から下りの 特急つばさ の姿が見えます。


 急行の後を追うように、勾配区間へとアプローチして行きました。


 上りの普通列車が来るので、下に降りて撮影します。


 ぐるりと向きを変えて、庭坂駅へと走り去って行きました。


 もう一度、高台に上がってみると、特急つばさ が平地に駆け下りて来ました。


 下りの普通列車、レッドトレインの車体を、夕日が照らしています。


 太陽が山蔭に隠れた後に、またしても 特急つばさ が走り去って行きました。


 これにて撮影をあきらめ、帰途に着きました。

2020年6月2日火曜日

 五月の 仙山線 奥新川駅 あたり 1983.5.4

 連休二日目は、SL現役時代から訪れていた仙山線の奥新川駅の手前の、仙山線とは新川川をはさんだ対岸で、細い未舗装道路からの撮影です。

 この場所も周りの樹が成長して、以前よりも見通しが悪くなってきています。

 最初の被写体は下り貨物で、新川川にそそぐ支流の鉄橋に姿を現わしました。


 奥新川駅方向に向かい、急勾配を上って行きます。


 はるか遠くのカーブの向こうから、上りの普通列車がやって来ました。


 青と茶色が交互に連結された旧型客車を牽いて、ED78重連 が植林された杉林の間を近づいて来ます。


 次も上りの客車列車です。


 2両のED78 の塗装が、かなり異なって見えます。


 その次の下りの客レは真横から撮りましたが、客レも貨レも ED78 は重連での牽引になっています。


 455系の 快速仙山 がやって来ましたが、以前は急行だったのに、格下げされてしまったようです。


 それでもサロを連結した、以前と変わらない姿です。


 この場所は東側からの撮影なので午前中が勝負でして、ここまでで切り上げて、次の撮影地に向けて移動しました。

2020年5月31日日曜日

 五月の 奥羽本線 峠駅 1983.5.3

 この日は磐越西線の更科信号場を後にして、次の撮影地である奥羽本線板谷峠のサミット、峠駅に向かいました。

 一般道もロクに整備されていない時代に、こんな移動をしていたとは、今考えればあきれてしまいます。

 峠駅の板谷駅側は、スノーシェッドに続いてトンネルになっていますので、撮影場所は大沢駅側になります。

 上りの客レを牽引して EF71 が急勾配を上って来ました。


 ここから振り返ると峠駅のスノーシェッドが見えますが、そこから下りの 特急つばさ が高速で飛び出してきました。


 もう少し大沢駅側に進むと鉄橋がありますが、このあたりの勾配は38‰になっています。

 今度も上りの客レですが、牽引機は ED78 で、EF71 との使い分けはどうなっているのでしょうか。


 目の前を通過して峠駅のスノーシェッドに向かって進みますが、奥羽本線では旧型客車が健在で、開放されたままの最後尾が目立ちます。


 線路沿いを歩いてスノーシェッドに入って行くと、峠駅で停車していた上り列車が、再びスノーシェッドへと進入してきました。


 峠駅付近での撮影をこれで切り上げ、明日の撮影に備えてまたしても移動しました。

2020年5月29日金曜日

 五月の 磐越西線 更科信号場 1983.5.3

 磐越西線の電化区間のうち、会津盆地へと急勾配で下り込む翁島駅と磐梯町駅のほぼ中間の、わずかな緩勾配区間に更科信号場が設置されています。

 郡山駅から喜多方駅までは早々に電化されていて、SLが現役の頃も ED77 が走っていたので来たことが有る区間ですが、5月の連休を利用して、久しぶりに更科信号場を訪れてみました。

 翁島駅方向から県道を利用してのアプローチになるので、最初の撮影は、磐梯町駅との間です。


 455系の 急行ばんだい1号 に続いて、下りの客車列車を撮影しましたが、すでに50系客車への置換えが始まっていたのですが、旧客が元気な姿を見せてくれました。


 ここから未舗装の細い道を辿ると、更科信号場に着きます。

 下り貨物を牽いて、ED77重連 が到着しました。


 間もなく交換の上り貨物が姿を現わし、ED77 が4両揃い踏みです。


 更科信号場は築堤の上にあり、下に降りて見上げていると、急行ばんだい4号 が信号場への勾配を上ってきました。


 信号場を下り貨物が通過してきたので、ED77重連 を横から見上げて、青空に抜いてみます。


 磐梯町駅側から上りの普通列車が近づいて来ましたが、こちらは50系のレッドトレインでした。


 更科信号場の複線区間を 急行あがの が通過しますが、これは未電化区間への直通急行なので、キハ58系の編成です。


 場所を変えてΩループの南側に出て、磐梯山が見える場所に移動しました。

 特急あいづ の通過ですが、すでにボンネット型は引退してしまっています。


 同じ場所で西側を向いて、455系のグリーン車が入るように撮影しました。


 次の下りの客レも50系で、やはり置換えが進んでいるようです。


 最後は上りの 急行あがの の、後追い撮影です。



 朝から続けた撮影を切り上げて、これにて次の撮影地に向かいました。

2017年4月19日水曜日

奥羽本線 庭坂 1983.5.4

 奥羽本線の福島側は現在は山形新幹線となり、標準軌になってしまいましたが、それ以前は板谷峠越えの魅力ある路線でした。

 福島駅を出ると庭坂駅までも上り勾配ですが、ここから本格的な山越えが始まり、庭坂駅の先の大カーブから25‰となり、更に33‰へと続いて行きます。

 この大カーブが今回の撮影地ですが、その前にもう少し山の中、赤岩駅との間から撮影を始めました。
 
 赤岩駅方向へはロクな道が無く、ようやく車が通れる程度の道からの撮影でしたが、松川を挟んだ北側からしか線路が見えません。

426レ

1042M

 終日逆光になり、列車の姿はうまく表現できませんので、適当に切り上げて、庭坂の大カーブへと向かいました。

 最初は線路際から列車主体での撮影で、貨物列車がやって来ました。


 続いての客レには郵便車も連結されています。


 うしろの山に登る道が整備されているので、そちらへと向かいます。

 珍しく単機で勾配を上ってきました。


 ここからは遥かに広がる福島盆地方向が望めます。


 急行に続き、特急つばさ も通過します。


 上りの客車列車は後追いになってしまうので、一旦線路レベルまで降りました。



 目前を通過した列車がぐるりと向きを変えながら勾配を下って行きました。

 再び上に登って撮影を続けました。



 レッドトレインが夕日に輝いた後は線路が日陰になってしまい、そろそろ撮影も終了です。




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