小樽築港機関区

小樽築港機関区

2019年7月30日火曜日

 北陸本線 米原側の 交直接続 1968.8.7

 この頃の北陸本線米原側の交直接続は、坂田駅と田村駅の間にデッドセクションを設け、交直流電車は車上切替で通過していましたが、客車と貨物は、米原駅と田村駅の間をSLが牽引していました。

 牽引機は長らく D50 が使われていたのですが、老朽化が進み、余剰になった D51 への置換えが進んでいました。

 米原駅で下車し、坂田駅方向へと進みます。


 線路の横は田圃なので、一番近くの道を歩いていると、バック運転の D51 が貨物列車や旅客列車を牽引してきました。


 D50 もやって来ましたが、単機回送です。


 上り貨物を牽引して戻って来ました。


 線路へと向かう道に曲がって踏切に行くと、切欠きデフの D51 が下って来ます。


 坂田駅を過ぎて、田村駅方向にさらに進むと、デッドセクションがあります。


 ここで D51 牽引の貨物を撮影して、田村駅に向かいました。

 田村駅の中2線には、EF70 の1次型が並んでいます。


 上下ホームの真ん中あたりでは、D50300 が、上り列車の先頭へと移動中です。


 下りホームに、D51 牽引の下り貨物が到着します。


 中線には EF70 の2次型もいました。


 少数派の ED74 も顔を見せたので、カラーで撮ってみました。


 ついでに跨線橋をくぐる、バック運転の D51 もカラーで。


 上下ホームがずれた上り線側から、到着した下り客レを撮ってみます。


 この時残っていたのは D50300 1両だけで、他の D50 は米原機関区で既に休車になっていました。

 田村駅の中線は現在は撤去され、このような輸送形態をとっていたこと自体、忘れ去られてしまったようです。

2019年7月28日日曜日

 芸備線、津山線、そして姫新線 1968.8.4~5

 呉線撮影の翌日の日曜日、この日は芸備線の撮影に連れて行ってもらったのですが、山あいに入っていくと朝霧がひどく、列車の姿が霞んでしまいました。


 白くなった被写体を濃くしているので、粒子ばかりが目立ちます。


 その上、2枚目までは撮影場所の記憶もありません。

 次は志和地駅を発車して来る客車列車です。


 広島方向に戻りがてら、貨物列車を撮影できました。


 芸備線は C58 ばかりなのでこれにて切り上げ、山陽本線の撮影に向かってしまいました。

 翌月曜日は大阪まで戻るのですが、まっすぐ帰るのもつまらないので、ローカル線の乗り鉄とばかりに、岡山から津山線に乗車、姫新線に乗り継ぐコースをとりました。

 岡山駅構内には十字マークを付けた 9600 がいるのを知っていたので、窓を開けて探しているとうまい具合に見つかりました。



 津山線では途中下車して撮影する時間が無いので、対向する C11 牽引の客車列車を、車窓から駅での交換の姿を撮影します。


 津山口駅で下車し、追いかけて来る貨物列車を津山駅との間で待ちました。


 既に市街地なので景色が悪く、単に C11 の貨物を撮っただけです。

 姫新線に乗換え、途中で貨物列車を撮影できるので下車しましたが、これも駅近くでの怠けた撮影です。


 次のDC列車に乗り、姫路駅から山陽線の快速電車に乗換えて、無事に帰阪できました。

2019年7月26日金曜日

 C59 が走る 呉線 1968.8.3

 最後に残った C59 が走る線として有名だった呉線を、ようやく訪れることができました。

 この線では、広島駅への区間運転の通勤列車が多数運転されていて、広駅で発車を待つ列車が並んでいる姿が良く紹介されていました。

 通勤列車は休日運休なので、この時は広島で勤務されていた高校の先輩が、当時はまだ半ドンだった土曜日に休暇を取り、クルマで連れて行ってくれたのです。

 最初は坂駅と小屋浦駅の間で、早朝の列車を撮影しましたが、これらは定期列車です。


 下り列車牽引の C6215 は、最後は北海道に渡って行ったのですが、当然ながらこの時は知る由もありません。


 このあとは小屋浦駅の西側に向かいました。

 ここらだけは道路から少し離れているので、良く撮影されたポイントです。


 貨物用の D51 も、旅客機に混じって通勤列車を牽いてきました。


 再び小屋浦駅近くに戻ると、C62 が発車してきました。


 C59 が来ないかな、と思っていたら、ようやく C59162 が来てくれました。


 トンネルポータル脇に少し上がると、今度も C62 が小屋浦駅を発車して来ました。


 そして、最後の通勤列車も C62 ですが、常磐線で特急ゆうづるを牽引していた C6223 です。


 これで朝の撮影は終了で、仁方駅の先の勾配区間に向かいました。

 ここは眼下に瀬戸内海を臨み、上り列車が勾配を上ってくる場所です。

 最初に来たのは、勾配を駆け下って来る 急行安芸 で、C59164 の牽引です。


 上り貨物が近づいて来ましたが、仁方駅を通過のためか、暑さもあって、煙を上げてくれません。


 次の C62 牽引の客レは、期待通りに黒煙を上げてくれました。


 今度は、やはり C62 牽引の下り客レが、無煙で下って来ました。


 次の D51 牽引の貨物も同様ですので、瀬戸内海の景色を大きめに入れてみました。


 最後はお目当ての上りの 急行安芸 で、C59162 の牽引ですが、仁方駅通過のためか、あまり力行することなくやって来ました。


 暑い日の最後に広島機関区を覗いてみましたが、目に入ったSLは D51 が1両いるだけでした。


 お付き合いいただいた大先輩に感謝、の一日でした。

2019年7月24日水曜日

 途中下車して 稲沢第一機関区 へ 1968.8.1

 学生の夏休みは撮影の旅へと、大阪の親戚宅へ向かう途中、名古屋の先の稲沢第一機関区に立寄りました。

 稲沢駅から機関区入口に向かう道では、ヤードで 9600 が入れ替え作業に励んでいるのが見られました。


 機関区にはターンテーブルを中心に、大きめの扇形庫がありますが、D51 が転向作業中です。


 扇形庫前では、C12 が構内作業中のようです。


 留置線の向こう側を、どちらが牽引しているのか分かりませんが、D51 と DD51 が繋がって通過して行きました。


 ターンテーブル周りには多くのSLが停まっています。


 9600 の姿もあります。


 ひっそりと、C50 も留置されていました。


 やはり多数を占めるのは D51 です。


 お目当ての D515 は、庫の中でお休みでした。


 ここには多くのSLがいて、活気にあふれています。


 ターンテーブルには、また D51 が乗り入れてきました。


 飽きずに眺めていましたが、そろそろタイムアップで、大阪へと向かいました。

2019年7月22日月曜日

 六月の八高線 1968.6.5

 八高線は、この年3回目の訪問です。

 都心から近くて、D51重連が何本も走っているようなところは他にはありません。

 六月なので既に気温が高く、煙は期待できませんが、それでもSLが撮りたくて、先ずは東飯能駅から金子駅方向に向かいました。

 最初にやって来たのは D51重連 の牽引する上り貨物ですが、案の定、上り勾配なのに煙はわずかです。


 次は数少ない 9600 の牽引する下り貨物ですが、先程よりは煙を出してくれました。


 この2本を撮影後、高麗川駅に向かいました。

 ここから伸びるセメント工場への専用線で待っていると、工場の煙突を背に、9600 がタンク車1両を牽いてやって来ました。


 ゆっくりとした速度で、高麗川駅に進入して行きます。


 しばらく列車が無いので、再び東飯能駅の先に向かうと、短い貨物列車を牽いて、D51 が駆け下って来ました。


 駅に戻ると、丁度下りの D51重連貨物列車の発車時刻です。


 この発車を見送ってから、またもや高麗川駅の専用線に向かいます。


 今度はバック運転で、9600 が長い貨物を引き出してきました。


 高麗川駅に戻ると、到着した D51重連 が、解結作業をしています。


 9600 牽引の貨物も到着しました。


 先程の D51 は、ターンテーブルで転向作業中です。


 2両の D51 は、八王子方向に向きを変え、次の仕業に備えています。


 最後は少し東飯能駅方向に進んだところで、D51 単機牽引の貨物列車を撮影しました。


 煙は少なかったですが、それでも多くのSLの姿を撮影できた1日でした。