北海道の撮影の定宿である夜行列車から、早朝の南稚内駅に降り立ちました。
駅前の朝からやっている店で腹ごしらえをし、稚内機関区に向かいました。
ここでは上りの各停、324レを牽引するSLを整備しています。
転属してきた C57130 ですが、多くの改造を受けた上、なにやら薄汚れた姿です。
やがて稚内駅に向かって、バック運転で出区して行きました。
ここから徒歩で撮影地に向かうのですが、線路端をせっせと歩いた先に、小高い丘に通じる鉄向けの踏み分け道があります。
先に通過するのは、下りのDCです。
この列車が稚内駅に到着後、先程の C57130 牽引の客レがお出ましになります。
強い横風を受けながら、次第に近づいて来ました。
北の原野に、門デフは少々似合いません。
通り過ぎて行くと、風向きが変わるのか、煙が纏わりついて来ました。
このあとしばらく待つと、上り貨物を牽引して 9600 が彼方から姿を現わします。
足の短かい 9600 は、なかなか近付いて来ません。
程よい長さの貨車を従えて、ゆっくりと通過して行きました。
これで駅に戻り上りのDCで移動するのですが、先程の貨物と抜海駅で交換して、下り貨物がやって来ます。
こちらは下り勾配なので、軽やかな足取りで通過して行きました。
このあとは、少し南に移動して撮影を続けますが、それについては次回に掲載します。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年3月28日土曜日
2019年9月24日火曜日
北の最果て 宗谷本線の C55 1970.3.24
北の最果ての街 稚内は、いつもより積雪が多く、抜海駅へと続く線路際には除雪された雪が高く積まれていました。
雪に足を取られながら撮影場所を求めて歩きましたが、足回りが隠れてしまうのであまり線路からは離れられません。
そうこうしているうちに、最果て鈍行の煙が遠くの方に上がり、こちらへと近づいて来ました。
牽引しているのは、昨日乗車した下り普通列車を牽いた C551 です。
緩勾配を勢いよく上って行きました。
この1本だけを撮影し、稚内機関区を訪れました。
ここには数両の 9600 が配置されているだけで、C55 は旭川の所属で、折返し間合いに駐泊していますが、テンダーの後ろ姿を見せているだけです。
暗い扇形庫の中には、整備中の 39602 がいました。
石炭を満載にした 19616 が、ターンテーブルに乗ろうとしています。
南稚内駅から各停DCに乗り、音威子府駅に向かいました。
下りの普通列車を牽引して、C5530 が入線してきました。
この駅では停車時間が長く、C5530 は客車を置き去りにして、水と石炭の補給に行ってしまいました。
客レの発車時間が近づいたので筬島駅方向へ歩き、先に到着する上り貨物列車を待ちました。
大粒の雪が舞い、牽引する 9600 のナンバーも読めません。
間もなく先程の 321レが発車して来ました。
こちらははっきりとナンバーが確認できます。
雪の舞う中を、北の果てを目指して、走り去って行きました。
この日の撮影はこれで終了し、明日に備えて宿に向かいました。
雪に足を取られながら撮影場所を求めて歩きましたが、足回りが隠れてしまうのであまり線路からは離れられません。
そうこうしているうちに、最果て鈍行の煙が遠くの方に上がり、こちらへと近づいて来ました。
牽引しているのは、昨日乗車した下り普通列車を牽いた C551 です。
緩勾配を勢いよく上って行きました。
この1本だけを撮影し、稚内機関区を訪れました。
ここには数両の 9600 が配置されているだけで、C55 は旭川の所属で、折返し間合いに駐泊していますが、テンダーの後ろ姿を見せているだけです。
暗い扇形庫の中には、整備中の 39602 がいました。
石炭を満載にした 19616 が、ターンテーブルに乗ろうとしています。
南稚内駅から各停DCに乗り、音威子府駅に向かいました。
下りの普通列車を牽引して、C5530 が入線してきました。
この駅では停車時間が長く、C5530 は客車を置き去りにして、水と石炭の補給に行ってしまいました。
客レの発車時間が近づいたので筬島駅方向へ歩き、先に到着する上り貨物列車を待ちました。
大粒の雪が舞い、牽引する 9600 のナンバーも読めません。
間もなく先程の 321レが発車して来ました。
こちらははっきりとナンバーが確認できます。
雪の舞う中を、北の果てを目指して、走り去って行きました。
この日の撮影はこれで終了し、明日に備えて宿に向かいました。
2017年5月13日土曜日
宗谷本線と稚内機関区 1970.3.24
宗谷本線は、本線と名乗っているものの、名寄駅、音威子府駅と北へ行くほど列車本数が減り、終点の稚内駅近くでは極端に少ないので計画的に移動しなければなりません。
C55牽引の全線通しの客車列車は1往復のみで、この上下合わせて2本を撮影すべく、朝は南稚内駅近辺で上り列車を撮影後、普通列車のDCで移動し、音威子府駅で下り列車を迎え撃つこととしました。
南稚内駅から線路端を南に歩き、雪深い中で適当な撮影地を探しました。
最初にやって来たのは、下りのDC列車です。
この列車が稚内駅に到着すると、目的のC55牽引の客車列車322レが発車してきます。
牽引機はC55のトップナンバーです。
この1本のみで撮影を終え、乗車列車まで時間があるので稚内機関区を訪問しました。
稚内機関区には9600形式が配置されているだけで、C55は旭川機関区の所属ですが、折り返しまでは区内にいます。
ターンテーブル側にテンダーを向けていて、前面は暗い庫の中でうまく撮れません。
スポーク動輪だけは撮影しておきました。
他には9600の姿と、
DLとDCが並んでいました。
南稚内駅からDCの普通列車で音威子府駅まで、3時間ほどかけて移動です。
到着後1時間少々待っていると、C55牽引の下り客車列車321レがやって来ます。
この列車はこの駅で1時間近く停車するので、停車中の姿をゆっくり撮影後、音威子府駅を出て筬島駅方向へと歩き、撮影ポイントを探します。
相変わらず線路際には雪の壁ができているので、壁の上から正面勝ちに撮るしかありません。
先に9600牽引の上り貨物列車がやって来ますが、視界不良です。
交換でC55が発車してきました。
雪の舞う中を、最北の地を目指して走り去って行きました。
C55牽引の全線通しの客車列車は1往復のみで、この上下合わせて2本を撮影すべく、朝は南稚内駅近辺で上り列車を撮影後、普通列車のDCで移動し、音威子府駅で下り列車を迎え撃つこととしました。
南稚内駅から線路端を南に歩き、雪深い中で適当な撮影地を探しました。
最初にやって来たのは、下りのDC列車です。
この列車が稚内駅に到着すると、目的のC55牽引の客車列車322レが発車してきます。
牽引機はC55のトップナンバーです。
この1本のみで撮影を終え、乗車列車まで時間があるので稚内機関区を訪問しました。
稚内機関区には9600形式が配置されているだけで、C55は旭川機関区の所属ですが、折り返しまでは区内にいます。
ターンテーブル側にテンダーを向けていて、前面は暗い庫の中でうまく撮れません。
スポーク動輪だけは撮影しておきました。
他には9600の姿と、
DLとDCが並んでいました。
南稚内駅からDCの普通列車で音威子府駅まで、3時間ほどかけて移動です。
到着後1時間少々待っていると、C55牽引の下り客車列車321レがやって来ます。
この列車はこの駅で1時間近く停車するので、停車中の姿をゆっくり撮影後、音威子府駅を出て筬島駅方向へと歩き、撮影ポイントを探します。
相変わらず線路際には雪の壁ができているので、壁の上から正面勝ちに撮るしかありません。
先に9600牽引の上り貨物列車がやって来ますが、視界不良です。
交換でC55が発車してきました。
雪の舞う中を、最北の地を目指して走り去って行きました。
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