小樽築港機関区

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2020年7月14日火曜日

 八高線 帰りに 西武山口線 1985.2.16

 しばらくご無沙汰だった八高線に行ってみました。

 この頃はまだ貨物列車が運転されていましたが、SL時代に比べて本数がかなり少なくなり、魅力が少なくなっていました。

 先ず訪れたのは、御馴染みの高麗川駅と東飯能駅の間の、サミットの近くです。

 DD51重連 に牽引された上り貨物がやって来ました。


 高麗川駅に行ってみると、川越線の上り普通列車が停まっていましたが、電化のポールが既に建っています。


 移動の途中で、西武鉄道の飯能駅を覗いてみると旧型電機が停まっていましたが、この頃はさして気にもせず、軽くスナップしただけです。


 金子駅に着くと、DD51 の単機回送が入線してきて、自動信号があるのにタブレットのようなものを渡していました。


 再び東飯能駅と高麗川駅の間で、DC列車を撮影します。


 普通ならば冬晴れの時期ですが、曇天の中を キハ20 の下り列車が通過しました。


 このあとは貨物列車も無いので、西武山口線に寄ってみました。

 既にコッペルの姿は無く、台湾からやって来た馴染みのないSLで運転されています。


 このSLはあまり好きになれず、この日もユネスコ村駅に停車中の姿を撮っただけで、走行写真は残していません。


 今思うと、大変勿体無いことをしてしまいました。

2020年1月30日木曜日

 春まだ浅い 西武山口線 1973.3.29

 中央西線の撮影から帰ってまだ2日目なのに、春休みのうちにもう一度と、西武山口線のコッペルを撮りに行ってきました。

 最初は西武遊園地駅の発車ですが、ピンクの花が咲いていて、まだ寒いのですが、春が近いことを感じさせます。


 ユネスコ村駅まで行き、機関車の付け替えを撮影しましたが、こちらでは季節を感じさせるものは見当たりません。


 中央西線で使用したカラーの残りがこれで尽き、ここからはモノクロでの撮影です。

 全て西武遊園地からの列車で、コッペルが正面向きになるのだけを撮りました。


 次は場所を変えての撮影ですが、ここらではまだ木の芽も出ておらず、春はまだ遠い様相です。


 うすら寒い曇り空でしたが、その分、強い影が出ずに、コッペルのディテールが良く写り込みました。


 近場での撮影なので、いつでも来れるとばかりに、早々に退散してしまいました。

2020年1月26日日曜日

 西武山口線の コッペル 再訪 1973.3.14

 九州から戻って写真の整理等が一段落したら、また煙が恋しくなり、近場の西武山口線に、カラーフィルムを入れたカメラ1台で行ってみました。

 現地に着くと、この時間にはユネスコ村駅にいるはずなので向かうと、ちょうど折返しのために機関車の付け替えをしていました。


 バック運転なので途中での撮影をせずに、西武遊園地駅まで行きました。

 到着後、列車ごと本線上をバックしてから機関車を付け替えています。


 今度は前向きなので、発車する姿を撮影します。


 途中の撮影ポイントでやって来る姿を撮るのですが、線路に隣接する家屋の煙害は、と気になってしまいます。


 いつも撮影するだけなので、たまには乗車してみようと最後尾に乗り込みました。

 途中の交換駅で、バッテリーロコを待っている様子です。


 このあとは、珍しくバック運転をまともに撮ってみました。


 天気が良く、まだ時間が早いのに、いつでも来れるとばかりに、早々に引き上げてしまいました。

2020年1月4日土曜日

 西武鉄道 山口線 の コッペル 1972.8.25

 武蔵野の丘陵地帯にある西武鉄道山口線は、この当時は、西武遊園地駅とユネスコ村駅を結ぶ762mm軌間の軽便鉄道で、バッテリーロコで運転されていましたが、1972年の鉄道100周年に頚城鉄道のコッペルを導入し、蒸機運転を開始しました。

 東京近郊なのですが、まだ現役SLが多数残っていたためか、それほど訪れるファンはいなかったようです。

 この線にはターンテーブルなど無いので、西武遊園地駅を発車するときはバック運転です。


 ユネスコ村駅に到着すると、機関車を切り離し、機廻し線で正面向きに付替えます。


 途中で待っていると、前向きの姿が撮影できます。


 先回りして、遊園地駅に到着する姿を撮ります。


 この駅は行き止まりなので、乗客を降ろすと、編成全体を本線上にバックさせます。


 駅の手前は複線になっていて、片渡りポイントで機回しを行います。


 バック運転は面白くないので、正面向きの姿だけを狙います。


 SL運転と同時に、井笠鉄道から借りた客車を連結していました。


 他の列車は以前からのバッテリーロコが牽引していましたが、1枚だけですが、撮影しておきました。


 このあたりの沿線はまだまだ武蔵野の面影を残していて、雑木林の中を行く姿を撮ってみます。


 本日の運行を終了し、コッペルはヤードに引き上げてしまったので、形式写真を撮らせてもらいました。


 沿線の立ち入り規制も無く、良き時代でした。

2017年11月21日火曜日

早春の西武山口線 1973.3.14・29

 この年の3月には、西武山口線のコッペルを撮影に2回行きましたので、それらをまとめてご覧いただきます。
 いつでも撮影できるので、長い時間をかけて粘ることは無く、いつもちょっと撮影しては早々に引き上げていたのが、今となっては悔やまれます。

 最初は3月14日に撮影したものから。


 ユネスコ村駅での機関車付替えの様子です。

 続いては、西武遊園地駅での機回し中の姿です。


 付替えを終えて、発車して行きます。


 途中で、走行中の様子を捉えました。


 たまには乗車してみます。
 中峯信号所に停車中ですが、この時は列車交換は無く、タブレットの交換だけでした。


 ユネスコ村駅からの列車も撮影しましたが、逆向き牽引なので、正面からではあまり絵になりません。


 ここからは、約2週間後の3月29日の撮影です。

 西武遊園地駅出発のシーンで、前回と同じアングルですが、梅の花が咲いています。


 ユネスコ村駅に到着し、機関車を切り離して、側線に進入する様子です。


 このあとは、正面向きの姿ばかりを撮影しました。


 2駅の間をクルマでうろうろして撮影します。


 鉄ではなく、子供連れが多いのは当たり前でしょうか。


 武蔵野の丘を軽便機関車がのんびりと走っていた、良き時代でした。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

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2017年9月22日金曜日

西武山口線 1972.8.25

 当時の西武山口線は、西武遊園地駅とユネスコ村駅を結ぶ軌間762mmの軽便鉄道線で、蓄電池式機関車により牽引されていましたが、頚城鉄道から同社の2号機を借り受け、1972年に蒸機運転を開始しました。

 この遠来のコッペルを撮影すべく、武蔵野の面影が残る彼の地を訪れました。


 西武遊園地駅を出発する姿で、頚城鉄道に因み、謙信号と愛称が付けられていました。

 終点のユネスコ村駅に着くと、機関車の付け替えを行います。


 今度は正面向きで、西武遊園地駅に向けて走行します。


 西武遊園地駅に到着後、機関車の付替えのためバック運転で、渡り線のある場所まで移動します。



 客車を切り離し、移動中の姿です。


 バック運転は愛称看板が目立つので、正面向きを撮影します。


 今度は井笠鉄道から購入した、古典客車を連結していました。


 バッテリーロコの姿も1枚撮影しておきます。


 横から引いて撮れる場所が無いので、森の中を行く雰囲気を狙ってみました。


 運転を一旦休止し、車庫に戻ったので、形式写真も撮ってみました。


 今回の記事は 現役SL では無く、復活SL になるのでしょうか。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓筑豊本線 折尾 1971.7.31 より

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