小樽築港機関区

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2020年7月25日土曜日

 東海道本線 関ケ原 へ寄り道 1985.4.28

 この日は高山本線で撮影後、通り道である東海道本線の関ケ原に寄ってから、宿のある敦賀に向かう行程でした。

 そのまた途中で、折角なので今度は名鉄の馬面電車を撮ることにしました。

 道路脇の専用軌道を、新岐阜駅行きの電車がやって来ました。


 のんびりできないのでこれだけ撮影し、新垂井駅まわりの下り線が、上り線を乗り越す築堤まで行きました。

 最初に来たのは EF65PF 牽引の貨物列車です。


 次はボンネット型を先頭にした、特急しらさぎ8号 です。


 下りの 特急しらさぎ9号 が勾配を上って来ましたが、こちらは最新の非貫通タイプです。


 115系の普通電車もやって来ました。


 陽が傾いてきたので急いで敦賀駅まで車を走らせましたが、間もなく日が暮れるというときに 特急雷鳥8号 が通過するので、これを辛うじて流し撮りで撮影。


 これにて本日の撮影を終了し、温泉宿に向かいました。

2020年7月23日木曜日

 キハ80系 の走る 高山本線 1985.4.28

 中央西線撮影の翌日は、少し北に移動して、高山本線です。

 最初の目的地は景勝地の飛水峡ですが、峡谷と線路を組合わせられる場所は限られ、上麻生駅と飛水峡信号場の間で、耳を澄ませながら 特急ひだ2号 の通過を待ちました。


 さらに飛騨川の上流を目指して進み、福来信号場と焼石駅の間で、後ろから追いかけてくる 特急ひだ1号 を撮影します。


 この頃の DC特急 と言えば キハ80系 で、パノラミックウインドーの優雅な列車でした。


 そのまま先に進むと追い越してしまったので、焼石駅へ進入する後ろ姿を撮影します。


 追いかけをやめて引き返し、福来信号場の南の飛騨川沿いの場所で、臨時の客車列車 奥飛騨 を待ちました。


 DD51 が油煙を上げながら牽引してきました。


 この場所で福来信号場側を振り返ると、飛騨川は全く見えず、ただの山裾の線路際ですが、上りの  普通DC がやって来ました。


 ぐるりとカーブするのを後追いで撮ると、飛騨川沿いを行く姿となります。


 少し場所を移動すれば、後追いですが飛騨川を入れて順光で撮影でき、DC急行たかやま を捉えることができました。


 再び焼石駅側に移動すると、下原ダムのすぐ近くに、線路がダムの水面のすぐ上を走る場所があります。

 特急ひだ3号 がやって来ましたが、残念ながらこの時間帯では、ほぼ逆光での撮影になってしまいます。


 次は 急行のりくら6号 です。


 そして名鉄からの乗り入れ、北アルプス の登場です。


 高山本線での撮影はこの列車で切り上げて、本日2か所目の撮影地に向けて移動を開始しました。

2020年7月21日火曜日

 東塩尻(信) から 中央西線へ 1985.4.27

 この年の大型連休の前半も、いつもの仲間と恒例の撮影旅行に出かけました。

 金曜日の夜に出発し、到着したのは中央東線の塩尻信号場で、既に信号場としての機能は廃止されたのですが、引上げ線等はまだ残されていました。

 あいにくの雨の中を、上り電車が引上げ線を横目に、善知鳥トンネルに向けて走り去って行きました。


 今度は下り電車ですが、善知鳥トンネルの中から、前照灯の灯りが近づいて来ます。


 こちらも普通列車なのに、165系が使用されていました。


 これ以外にめぼしい列車は来ないので、早々に移動し、本来の目的地である中央西線へと向かいます。

 日出塩駅を越えて贄川駅との間に行きましたが、相変わらず小雨が降り続いていました。


 普通電車のあとを追って、特急しなの3号 が通過して行きます。


 続いて来たのは、EF64 単機牽引の下り貨物列車で、短い編成でした。


 上り線を高速でやって来たのは 特急しなの6号 で、特急は元祖振り子電車に統一されています。


 天候が回復しないので、鳥居峠を越えて分水嶺の南へと移動、途中の須原駅と大桑駅の間の単線区間で、特急しなの9号 が通過がするので、逆光ながらこれを撮影しました。


 さらに進んで、田立駅と坂下駅の間の線路が木曽川を渡る地点についた時にはすっかり晴れ上がっていました。

 165系の 急行ちくま4号 の通過です。


 次は 特急しなの11号。


 そして下り貨物もやって来ました。


坂下駅を越えて田園地帯に着いた時には、あいにく太陽が隠れてしまい、EF64重連 の下り貨物は鈍い描写になってしまいました。


 小高い場所に移動して上り貨物を待っていると、再び列車のあたりに陽が射し始めました。


 次の 特急しなの13号 も、うまい具合にスポットライトが当たった中を、ちょうど通過してくれます。


 これにて切り上げて移動を開始したのですが、中津川駅の手前で 特急しなの10号 が来るので、安易に線路際で撮っておきました。


 まだ陽は高いのですが、翌日の撮影に備えて、本日の宿に向かいました。

2017年10月10日火曜日

特急街道 北陸本線 新疋田 1985.4.29

 北陸新幹線など全く考えられなかったこの時代、北陸各地へは米原駅から敦賀駅を通過するルートがメインで、特急電車がひっきりなしに運転されていました。

 新疋田駅と敦賀駅の間は、ループ線での別線複線化による複雑な線形の区間で、変化に富んだ撮影地でした。

 最初の撮影ポイントは、敦賀駅側の上り線が下り線から離れて行き、立体交差する前の地点を俯瞰する所です。


 特急雷鳥1号 の通過で、右上に上り線が写っています。

 線路際に降りると、寝台特急日本海 がやって来ます。


 この後は電車特急が続きます。


 雷鳥4号 に続いて、しらさぎ2号 が通過します。


 下り線を貨物列車が来ましたが、単機でした。


 臨時の 特急雷鳥51号 には、583系が使用されています。


 上り線のあたりに上がると、下り線を見下ろす事ができ、右側通行のようになりますが、特急雷鳥7号 の後追いが良い角度で撮影できます。


 桜が咲いた上り線を、特急雷鳥8号 が通過します。


 見下ろす下り線には、やはり583系使用の 臨時特急雷鳥53号 が走り過ぎて行きます。


 数少ない普通列車もやって来ました。


 今回お初の、上り貨物列車の通過です。


 特急雷鳥9号 は、先頭がボンネット型の好ましいスタイルです。


 上りの普通列車は急行型で、大目玉ライトの良い顔をしています。


 下りの 特急白鳥 が通過して行きますが、一目では違いが分かりません。


 次々と特急電車が通過する、ぜいたくな時代でした。


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2017年10月2日月曜日

東海道本線 関ケ原 1985.4.28

 高山本線での撮影後、東海道本線の難所、関ケ原に立寄りました。

 その途中の通り道、物はついでと、名鉄美濃町線を折角なので1枚撮影しました。


 長居はせずに、既に陽が傾き始めたので、関ケ原に急ぎました。

 関ケ原付近の勾配を緩和するため、下り線は大きく迂回して別線を追加したので、この辺りは3線区間になりますが、下り線が上り線を乗り越す地点に着きました。

 長編成の下り貨物列車が、迂回線を上ってきました。


 眼下の上り線では 特急しらさぎ が、勾配を軽快に下って行きました。


 ボンネット型先頭車の綺麗な編成でしたが、下り線を上って来たこちらの 特急しらさぎ は、貫通扉の無い、最新のタイプです。


 そしてもう一本の下り線を、数少ない各停電車がやって来ました。


 関ケ原の寄り道はこれまでとし、明日の撮影に備えて敦賀へと向かいました。


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