小樽築港機関区

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2020年1月30日木曜日

 春まだ浅い 西武山口線 1973.3.29

 中央西線の撮影から帰ってまだ2日目なのに、春休みのうちにもう一度と、西武山口線のコッペルを撮りに行ってきました。

 最初は西武遊園地駅の発車ですが、ピンクの花が咲いていて、まだ寒いのですが、春が近いことを感じさせます。


 ユネスコ村駅まで行き、機関車の付け替えを撮影しましたが、こちらでは季節を感じさせるものは見当たりません。


 中央西線で使用したカラーの残りがこれで尽き、ここからはモノクロでの撮影です。

 全て西武遊園地からの列車で、コッペルが正面向きになるのだけを撮りました。


 次は場所を変えての撮影ですが、ここらではまだ木の芽も出ておらず、春はまだ遠い様相です。


 うすら寒い曇り空でしたが、その分、強い影が出ずに、コッペルのディテールが良く写り込みました。


 近場での撮影なので、いつでも来れるとばかりに、早々に退散してしまいました。

2020年1月28日火曜日

 電化を控えた中央西線の D51 1973.3.27

 この年の7月に全線電化完成を控えた中央西線に、最後の活躍をする D51 を撮影すべく、東京駅から大垣駅行きの夜行列車に乗り込みました。

 165系で運転されていたこの列車のグリーン車は、安い差額でリクライニング座席に乗れるので人気が高く、早々に並ぶ必要がありました。

 最初の撮影地は宮ノ越駅と薮原駅の間で、国道を歩きながら撮影地を探しました。

 国道を歩いていると、やって来たのは DC特急しなの です。


 しばらく待つと、上り勾配を D51重連 の貨物列車が近づいて来ました。


 この日はライカ版に望遠を付け、ブローニー版は標準レンズを装着したモノクロとカラーの2台を担いできました。


 反対方向から D51単機牽引の貨物が来ましたが、煙もブラスト音も無く、高速で転がって来ます。


 次の貨物は D51 の単機牽引です。


 天気は上々なのですが、横風が強く、煙が真横に流れてしまいます。


 場所を移動しながら歩いていると、背後から 急行木曽2号 が通過して行きましたが、屋根部分に特徴のある姿が懐かしいです。


 再び単機牽引の D51 が勾配を上って来ました。


 次も D51 の単機牽引ですが、山陰に入ったので煙が真上にあがってくれました。


 鉄橋部分に差し掛かったとたんに、再び横風に見舞われました。


 ここまで撮影したところで駅に戻り、洗馬駅に向かいました。

 日出塩駅方向に進み、今度は分水嶺を越えたので、下り列車が勾配を上って来ます。


 D51重連 が正面に太陽を浴びながらやって来ました。


 この次も D51重連 ですが、撮影後に乗る列車まで時間が無いので、駅構内のはずれでの撮影です。


 このあとは塩尻駅から中央東線経由で戻りましたが、一筆書きの乗車券で、節約ができました。

2020年1月26日日曜日

 西武山口線の コッペル 再訪 1973.3.14

 九州から戻って写真の整理等が一段落したら、また煙が恋しくなり、近場の西武山口線に、カラーフィルムを入れたカメラ1台で行ってみました。

 現地に着くと、この時間にはユネスコ村駅にいるはずなので向かうと、ちょうど折返しのために機関車の付け替えをしていました。


 バック運転なので途中での撮影をせずに、西武遊園地駅まで行きました。

 到着後、列車ごと本線上をバックしてから機関車を付け替えています。


 今度は前向きなので、発車する姿を撮影します。


 途中の撮影ポイントでやって来る姿を撮るのですが、線路に隣接する家屋の煙害は、と気になってしまいます。


 いつも撮影するだけなので、たまには乗車してみようと最後尾に乗り込みました。

 途中の交換駅で、バッテリーロコを待っている様子です。


 このあとは、珍しくバック運転をまともに撮ってみました。


 天気が良く、まだ時間が早いのに、いつでも来れるとばかりに、早々に引き上げてしまいました。

2017年11月21日火曜日

早春の西武山口線 1973.3.14・29

 この年の3月には、西武山口線のコッペルを撮影に2回行きましたので、それらをまとめてご覧いただきます。
 いつでも撮影できるので、長い時間をかけて粘ることは無く、いつもちょっと撮影しては早々に引き上げていたのが、今となっては悔やまれます。

 最初は3月14日に撮影したものから。


 ユネスコ村駅での機関車付替えの様子です。

 続いては、西武遊園地駅での機回し中の姿です。


 付替えを終えて、発車して行きます。


 途中で、走行中の様子を捉えました。


 たまには乗車してみます。
 中峯信号所に停車中ですが、この時は列車交換は無く、タブレットの交換だけでした。


 ユネスコ村駅からの列車も撮影しましたが、逆向き牽引なので、正面からではあまり絵になりません。


 ここからは、約2週間後の3月29日の撮影です。

 西武遊園地駅出発のシーンで、前回と同じアングルですが、梅の花が咲いています。


 ユネスコ村駅に到着し、機関車を切り離して、側線に進入する様子です。


 このあとは、正面向きの姿ばかりを撮影しました。


 2駅の間をクルマでうろうろして撮影します。


 鉄ではなく、子供連れが多いのは当たり前でしょうか。


 武蔵野の丘を軽便機関車がのんびりと走っていた、良き時代でした。


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2017年11月17日金曜日

電化前の中央西線 D51 1973.3.27

 電化開業を控え、最後の活躍をしているD51を求めて、中央西線を訪れました。

 東京駅から165系を使用した大垣行き各停のグリーン車の席が確保でき、ゆっくりと睡眠をとりながらも寝過ごさずに中央西線の列車に乗換え、薮原駅に降り立ちました。
 中山道を宮ノ越駅方向へと歩を進め、上下線の間隔が少し広い、鉄橋近くに撮影場所を定めました。

 最初にやって来たのは、特急しなの1号 です。


 しばらくすると、横風の中、煙を吹き上げながら、D51重連が下り貨物列車を牽引して近づいて来ました。


 ご存知のように、中央西線では路線方向とは逆に、名古屋方面からの列車に奇数番号が振られています。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、煙は全くありません。


 前方から白煙を高く上げながら、下り貨物列車がやって来ます。


 今度はD51の単機牽引です。


 場所を変えるべく、線路端を下って行くと、後から 急行きそ2号 が追い越して行きました。


 大出力エンジンの試作車、キハ91の編成でした。

 また下り列車が煙を上げながら近づいて来ます。


 今度も単機牽引で、重連が殆んどかと思っていたら、案外軽い編成が多いようで。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、やはり煙は殆んどありません。


 次の下り貨物列車も単機牽引ですが、荷が重いようで、頑張って煙を吹き上げて来ます。


 今日中に塩尻駅経由で帰るので、その方向に向かって列車で移動し、洗馬駅で下車しました。

 日出塩駅方向に歩きましたが、太いコンクリート柱が目立つ中を、D51重連の上り貨物列車が来ました。


 分水嶺を越えたので、今度は上り列車が力行します。


 青ナンバーは、カラーでようやく判別できます。

 乗車列車の時間が近いので、最後の上り貨物列車の撮影は、洗馬駅のはずれです。


 既に傾いた陽射しを浴びながら、D51重連が通過して行きました。


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