この撮影旅では、特別な目的列車が無い限り、普通に朝食を済ませてから出発する軟弱鉄なので、この日最初の撮影は、高森線の上り2番列車でした。
既に高くなった太陽を背に、上り客車列車が高森駅を発車して来ました。
この先追い越して、中松駅と阿蘇下田駅の間で再び撮影します。
阿蘇の外輪山に囲まれた中を、コンプレッサーの排気のみを出しながら、立野駅へと走り去りました。
次の目的地は 9600 の活躍する唐津線で、150km程度の移動となり、道路が整備されていない時代なので大変です。
唐津線は多久駅と厳木駅の間に急勾配のサミットがあり、有名撮影地で、上下の列車がそれぞれ勾配に挑む姿が撮影できます。
上り貨物を撮影すべく厳木駅側に行ったのですが、暑さのためか、全く煙が見えません。
次は下り貨物なので多久駅側に移動します。
築堤の上を、今度は煙を上げながら近づいて来ました。
本来ならば補機付のはずですが、荷が少ないので、単機での牽引となったようです。
本日の撮影はこれまでと、さらに先にクルマを走らせていると、踏切で警報機が鳴り始めました。
何か来ると、慌てて車から飛び出し、カメラを構えていると、
やって来たのは先程撮影した下り貨物で、列車の速度が遅いので、追い越してしまったのでした。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2019年11月21日木曜日
2017年7月22日土曜日
高森線から唐津線へ 1971.7.26
この日は、朝の高森線を撮影後、午後は唐津線での撮影という移動距離の長い日で、概ね150km程度になります。
高速道路が無く、未舗装路が多い当時の事ですから、単純に移動だけで4時間程度はかかってしまいます。
朝の高森駅で(とはいっても、早朝の一番列車ではない)、上り列車の発車の撮影からスタートです。
既に朝日は高く上がっています。
列車を追いかけながら移動しますが、中松駅で追い越したので、その先で通過を待ちました。
阿蘇の外輪山の内側を、ノンビリと下って行きました。
ここからは唐津線に向かって、クルマを走らせるだけです。
唐津線には多久駅と厳木駅の間にサミットがあり、キューロクが一部列車に補機を付けて活躍しています。
漸く到着し、勾配に向かう上り貨物列車を待ちうけましたが、さっぱり煙が見えません。
もうサミット近くなので、やる気が無いようです。
気を取り直して、峠の反対側へ移動し、下りの貨物列車を築堤の下から狙います。
煙は上がっているものの、本来ならば補機付きの列車です。
夏枯れで、荷が少なかったのですね。
これで本日の宿に向けて再度移動し始めたのですが、前方の踏切が鳴り始め、列車が通過するようです。
先程撮影した貨物列車が勾配を下って来ました。
おまけの1枚を撮り終え、再びクルマを走らせました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓千葉にハチロクを追う 1968.4.28より
高速道路が無く、未舗装路が多い当時の事ですから、単純に移動だけで4時間程度はかかってしまいます。
朝の高森駅で(とはいっても、早朝の一番列車ではない)、上り列車の発車の撮影からスタートです。
既に朝日は高く上がっています。
列車を追いかけながら移動しますが、中松駅で追い越したので、その先で通過を待ちました。
阿蘇の外輪山の内側を、ノンビリと下って行きました。
ここからは唐津線に向かって、クルマを走らせるだけです。
唐津線には多久駅と厳木駅の間にサミットがあり、キューロクが一部列車に補機を付けて活躍しています。
漸く到着し、勾配に向かう上り貨物列車を待ちうけましたが、さっぱり煙が見えません。
もうサミット近くなので、やる気が無いようです。
気を取り直して、峠の反対側へ移動し、下りの貨物列車を築堤の下から狙います。
煙は上がっているものの、本来ならば補機付きの列車です。
夏枯れで、荷が少なかったのですね。
これで本日の宿に向けて再度移動し始めたのですが、前方の踏切が鳴り始め、列車が通過するようです。
先程撮影した貨物列車が勾配を下って来ました。
おまけの1枚を撮り終え、再びクルマを走らせました。
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