小樽築港機関区

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2022年9月21日水曜日

 北 北海道の廃線を巡る(その2) 2022.6.28

 名寄本線の跡を辿って興部駅まで来ましたが、オホーツク海を南下する名寄本線と分かれて、海沿いを北に向かいました。

 興部駅から雄武駅まで約20kmの興浜南線がありましたが、途中の駅跡は見つからず、雄武駅跡に着きました。

 ここは 道の駅おうむ という施設になっていて、その隅の方に記念碑が残されていました。


 記念碑に記されているように、駅名は 雄武(おむ) だったのですが、いつの間に読み方が変わったのでしょうか。

 ここから、次の目的地の北見枝幸駅まで線路は無く、興部駅と浜頓別駅の間が1本に結ばれなかった区間です。

 興浜北線の終点、北見枝幸駅跡は、交通公園として整備されていました。


 入り口横には、モニュメントが建てられています。


 余談ですが、この公園の隣には古い食堂があります。

 営業はしていませんが、建物の風情と 一級食堂 という名前が気になりました。


 興浜北線沿いを北に進み、整備された国道から分かれて旧道を進むと、北見神威岬灯台が見えて来ます。

 ここは斜内駅と目梨泊駅の間で、この灯台を入れたカットが興浜北線の目印になっていました。


 このあたりには線路跡と思しき細い路盤が残っていて、グーグルで空から確認できます。


 浜頓別からは天北線の跡を辿るのですが、それらしきものは見当たりません。

 途中に 飛行場前 という面白い名前の乗降場があったようで、バスの停留場に名前が残されていました。


 線路は道路から少し離れたところを通っていたとのことで、乗降場の跡は不明です。

 同じバス停の南方面行は、なかなか良い建物でした。


 次に向かったのは鬼志別駅で、ここは主要駅であったこともあり、バスターミナルとして整備されていました。


 その中の一室には、天北線の資料が保存・展示されています。


 これだけの資料が展示されているのに、誰も居ず、立ち入り自由でした。


 懐かしき、タブレット閉塞器もありました。


 この先は内陸部に入って行きますが、小石駅、曲淵駅は見当たらず、沼川駅跡は容易に見つけられました。


 ここには駅名標や紹介写真等は綺麗に整備されていますが、駅舎やホーム跡は残っていませんでした。


 この先、稚内へと向きを北に変えるのですが、レンタカーの返却時間が迫ってきて、途中にあった駅を探すことができずに、稚内まで戻ってきてしまいました。


2022年5月10日火曜日

 天北線 中頓別 あたり 2014.6.14

 北海道内の各地を巡るのが好きですが、その際に廃線跡を訪れることがよくあります。

 今回は、天北線の下頓別駅から中頓別駅を訪問した時のものです。

 北海道には梅雨が無いとのことですが、雨上がりの曇天のこの日、まず向かったのは下頓別駅跡です。

 ホームが残っていて駅名標も健在で、電柱には昔の電球照明がそのままありました。


 中頓別方向に国道を走っていると、途中の左側に整備された広大な公園が見えて来ました。

 中頓別寿公園で、子供用のサーキットや運動施設がありますが、道路近くに 9600 が保存されています。


 この 49648 は川崎製で、生涯を道内で過ごしたカマですが、屋外保存なのに非常にきれいな状態で維持されています。


 鉄道とは無関係ですが、ここには最後の有人戦闘機と称して登場した、ロッキードF104 スターファイター も保存されていました。


 さらに進んで中頓別後に着くと、そこはお決まりのバスターミナルになっていて、広場の片隅に、腕木式信号機と共に青く塗られたDCが保存されています。


 先程の 9600 に比べて保存状態はよろしくなく、塗装があちこちで剥がれていました。


2019年5月23日木曜日

 北北海道の保存機めぐり 2014.6.14-15

 この年の6月に、稚内から旭川までレンタカーで旅をし、観光のかたわら廃線跡や保存機めぐりをしました。

 天北線沿いに南下し、最初に立寄ったのは下頓別駅です。


 駅名表とホームは残っていましたが、線路は既に撤去されていました。

 中頓別駅を目指して走っていると、中頓別寿公園という地域住民向けの運動場や遊具の整備された公園があり、ここには 49648 が保存されていました。


 綺麗に塗装されていて、屋根が無いにもかかわらず、保存状態は良好でした。


 中頓別駅跡はバスターミナルとして整備されていて、その広場には キハ22208 が保存されています。


 腕木式信号機も一緒に置かれていますが、車体の塗装がはがれているうえ、現役時代とは異なる青色の姿はあまり好ましくありません。

 この日は名寄の市内にに投宿しました。

 翌朝は名寄駅の南側の、宗谷本線のすぐ横の名寄公園に保存されている キマロキ を見に行きました。


 この公園のすぐ下を宗谷本線が通っているので、列車に乗っていると目に入ります。


 59601 を先頭に、マックレー車、ロータリー車と続きます。


 全て綺麗に塗装され、保存状態は良さそうです。


 キマロキの後ろのキは、D51398 で、西名寄の駅名表が立っています。


 最後尾には ヨ が連結され、腕木式信号機付です。


 このあとは旭川を目指したのですが、廃線跡ではなく、現役の駅をめぐりました。

 塩狩駅は、SL現役の頃何度か訪れましたが、既に無人駅となっています。


 駅のすぐそばには、小説塩狩峠の作者の三浦綾子の旧宅を利用した塩狩峠記念館があり、観光客の姿が見られました。

 次は、かつてエレキバンのCMで有名になった比布駅ですが、ここに立寄ってみると、丁度上りの臨時列車が通過してくれました。


 今回はまさしく、SL現役の頃のその後を訪ねた旅でした。