大船渡線の無煙化は比較的早く1968年に完了しましたが、その頃はまだ幹線筋のSLが多く健在で、そちらばかりを追いかけていました。
そんな訳で、大船渡線に踏み入れたのはこの時が初めてですが、とはいってもこの頃貨物列車は陸中松川駅までしか運航されていなかったので、わずかな距離を乗り込んだだけです。
一ノ関駅から程近い真滝駅と陸中門崎駅の間の、北上川にかかる鉄橋の川原に到着し、最初の撮影は、下りの 快速むろね です。
急行型の間に、1両色違いの一般型が挟まれていました。
次は後ろから上りの普通列車ですが、そのままの場所で後追いでの撮影です。
こちらは3両揃った、ローカル列車らしい編成でした。
今度の列車が、お目当ての下り貨物列車です。
陸中松川駅までの列車で、三菱鉱業セメントの専用貨物です。
トラス橋を渡る列車を撮るときには、どこでシャッターを切れば良いのか、いつも迷ってしまいます。
これにて目的達成で、次の撮影地に移動しました。
2016年に 写真集「SL現役の頃」 を自費出版し、SL時代の撮影フィルムの整理が完了しました。
引続き、SL無き後に撮影したものについても順次デジタル化を進めています。
同時に、相変わらず現在でも撮影に足を運んでいます。 といったところで・・・
現役の頃/その後/現在、を取り混ぜながら拙作をご紹介します。写真クリックで大画面もご覧下さい。
小樽築港機関区
2020年9月19日土曜日
2018年1月2日火曜日
大船渡線 と 栗原電鉄 1987.4.18
仙石線を訪ねた翌日は、大船渡線と栗原電鉄をめぐりました。
大船渡線は先の災害で甚大な被害を受け、栗原電鉄は、DC化と社名変更、さらに廃止と、いずれも現在では全く様相が異なってしまっています。
大船渡線は真滝駅と陸中門崎駅の間の、北上川の河原での撮影です。
最初にやって来たのは 快速むろね で、当時は南リアス線に乗り入れていて、その後、快速ドラゴン と名称変更した列車です。
増結したのでしょうか、一般型が1両挟まっています。
続いては反対方向から、上りの普通列車です。
形式は様々ですが、独特の塗装で編成としてはまとまっています。
続いて本日の本命、下りの貨物列車です。
ローカル線でも貨物列車が運転されていた、良き時代です。
この日の午後は 栗原電鉄 に向かい、まず車庫のある若柳駅を訪れました。
この手の地方私鉄としては、驚くほど車両がきれいです。
走行写真を撮影に、谷地畑駅の先の田園地帯に向かいました。
先ずは下り電車で、前からと、後姿も撮影。
後方には、東北新幹線の高架橋が伸びています。
反対からの上り電車は、線路際から正面勝ちに。
正面二枚窓の天地寸法が大きく、金太郎塗り分けも独特です。
栗原電鉄は経営難で廃止されてしまいましたが、その路線や車両が多く残されており、そのうちに再訪しようと思います。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓正月の富士をめぐるローカル3線 1985.1.2より
大船渡線は先の災害で甚大な被害を受け、栗原電鉄は、DC化と社名変更、さらに廃止と、いずれも現在では全く様相が異なってしまっています。
大船渡線は真滝駅と陸中門崎駅の間の、北上川の河原での撮影です。
最初にやって来たのは 快速むろね で、当時は南リアス線に乗り入れていて、その後、快速ドラゴン と名称変更した列車です。
増結したのでしょうか、一般型が1両挟まっています。
続いては反対方向から、上りの普通列車です。
形式は様々ですが、独特の塗装で編成としてはまとまっています。
続いて本日の本命、下りの貨物列車です。
ローカル線でも貨物列車が運転されていた、良き時代です。
この日の午後は 栗原電鉄 に向かい、まず車庫のある若柳駅を訪れました。
この手の地方私鉄としては、驚くほど車両がきれいです。
走行写真を撮影に、谷地畑駅の先の田園地帯に向かいました。
先ずは下り電車で、前からと、後姿も撮影。
後方には、東北新幹線の高架橋が伸びています。
反対からの上り電車は、線路際から正面勝ちに。
正面二枚窓の天地寸法が大きく、金太郎塗り分けも独特です。
栗原電鉄は経営難で廃止されてしまいましたが、その路線や車両が多く残されており、そのうちに再訪しようと思います。
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