小樽築港機関区

小樽築港機関区

2017年11月21日火曜日

早春の西武山口線 1973.3.14・29

 この年の3月には、西武山口線のコッペルを撮影に2回行きましたので、それらをまとめてご覧いただきます。
 いつでも撮影できるので、長い時間をかけて粘ることは無く、いつもちょっと撮影しては早々に引き上げていたのが、今となっては悔やまれます。

 最初は3月14日に撮影したものから。


 ユネスコ村駅での機関車付替えの様子です。

 続いては、西武遊園地駅での機回し中の姿です。


 付替えを終えて、発車して行きます。


 途中で、走行中の様子を捉えました。


 たまには乗車してみます。
 中峯信号所に停車中ですが、この時は列車交換は無く、タブレットの交換だけでした。


 ユネスコ村駅からの列車も撮影しましたが、逆向き牽引なので、正面からではあまり絵になりません。


 ここからは、約2週間後の3月29日の撮影です。

 西武遊園地駅出発のシーンで、前回と同じアングルですが、梅の花が咲いています。


 ユネスコ村駅に到着し、機関車を切り離して、側線に進入する様子です。


 このあとは、正面向きの姿ばかりを撮影しました。


 2駅の間をクルマでうろうろして撮影します。


 鉄ではなく、子供連れが多いのは当たり前でしょうか。


 武蔵野の丘を軽便機関車がのんびりと走っていた、良き時代でした。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

↓応援のクリックをお願い致します↓
にほんブログ村:同様のブログ一覧表


2017年11月19日日曜日

その後の 足尾線 1986.4.27

 無煙化された足尾線を再び訪れてみました。
 この頃は、足尾銅山での採掘は行っていませんが、原材料を持ち込み、精錬等の加工を行っており、SL時代のように貨物列車が設定されていました。

 間藤駅の北、足尾本山駅の間の踏切から撮影を開始しました。
 本山駅からDE11が単機で下って来ます。


 足尾駅で貨物を受け取り、引き返してきました。


 旅客営業線での列車写真を撮影しに、原向駅の先まで降りて行きました。

 足尾駅からの上り貨物列車がやって来ました。


 川の対岸に場所を移し、今度は上りのDC列車です。


 今度は下り貨物列車がやって来ました。


 足尾駅以南の貨物列車は、重連での運用です。


 撮影後は、列車を追いかけるように間藤駅の北側に移動します。

 先程の貨物列車を足尾駅で分離し、単機で牽引してきました。


 足尾本山駅から下りてくる貨物列車を撮影するため、アングルを変えます。


 樹木の無い山肌をバックに、やって来ました。


 狭いところに建物と道と線路が入り組んでいます。

 再び間藤駅を見下ろす場所に行きました。
 単線のホームがあるだけの間藤駅に、折り返しの普通列車が停車しています。


 昔のホームが右側の駅舎の前に残っており、また、かつてはスイッチバックの駅であった線路跡も見られます。


 足尾本山への貨物列車を撮影後、帰り道で下り貨物列車を撮影します。
 原向駅と沢入駅の間です。


 バックの岩肌が異様です。


 貨物列車が無くなったどころか、足尾線そのものが三セクになり、今ではすっかり様子が変わってしまいました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

↓応援のクリックをお願い致します↓
にほんブログ村:同様のブログ一覧表


2017年11月17日金曜日

電化前の中央西線 D51 1973.3.27

 電化開業を控え、最後の活躍をしているD51を求めて、中央西線を訪れました。

 東京駅から165系を使用した大垣行き各停のグリーン車の席が確保でき、ゆっくりと睡眠をとりながらも寝過ごさずに中央西線の列車に乗換え、薮原駅に降り立ちました。
 中山道を宮ノ越駅方向へと歩を進め、上下線の間隔が少し広い、鉄橋近くに撮影場所を定めました。

 最初にやって来たのは、特急しなの1号 です。


 しばらくすると、横風の中、煙を吹き上げながら、D51重連が下り貨物列車を牽引して近づいて来ました。


 ご存知のように、中央西線では路線方向とは逆に、名古屋方面からの列車に奇数番号が振られています。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、煙は全くありません。


 前方から白煙を高く上げながら、下り貨物列車がやって来ます。


 今度はD51の単機牽引です。


 場所を変えるべく、線路端を下って行くと、後から 急行きそ2号 が追い越して行きました。


 大出力エンジンの試作車、キハ91の編成でした。

 また下り列車が煙を上げながら近づいて来ます。


 今度も単機牽引で、重連が殆んどかと思っていたら、案外軽い編成が多いようで。

 後ろから上り貨物列車が来ましたが、やはり煙は殆んどありません。


 次の下り貨物列車も単機牽引ですが、荷が重いようで、頑張って煙を吹き上げて来ます。


 今日中に塩尻駅経由で帰るので、その方向に向かって列車で移動し、洗馬駅で下車しました。

 日出塩駅方向に歩きましたが、太いコンクリート柱が目立つ中を、D51重連の上り貨物列車が来ました。


 分水嶺を越えたので、今度は上り列車が力行します。


 青ナンバーは、カラーでようやく判別できます。

 乗車列車の時間が近いので、最後の上り貨物列車の撮影は、洗馬駅のはずれです。


 既に傾いた陽射しを浴びながら、D51重連が通過して行きました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

↓応援のクリックをお願い致します↓
にほんブログ村:同様のブログ一覧表


2017年11月15日水曜日

白坂・奥新川 そして 金谷川 1986.3.21

 この日は春分の日で休日、夜更けに出発し、未明の東北本線白坂駅手前の黒川橋梁から撮影を開始しました。

 曇り空で露出の厳しい中、黒川橋梁を見下ろす場所で、最初にやって来たのは下り電車です。


 続いては、上り貨物列車。


 寝台特急あけぼの6号 の通過ですが、依然として薄暗いです。


 上り各停に使用の車両は、かつての交直両用急行型です。


 下りの各停は、583系特急用車両の改造車です。


 寝台特急はくつる ですが、先程の各停と種車は一緒なれどはるかに長く、編成全体が収まりません。


 後ろ姿の先頭車を、隙間の線路で捉えました。


 目的を果たし、次の撮影地、おなじみの仙山線奥新川へと向かいました。

 いつもの場所に着くと、すぐに下り電車が通過します。


 さすがに山深い所なので、まだ雪に覆われています。

 次の下り貨物を狙って鉄橋に向けてカメラを構えていると、やって来たのは重連単機で、貨物が有りません。


 重連単機回送、といったところです。


 ここでの最後の列車、上り電車がやって来ました。


 この塗装は、雪景色ではだめです。


 八ツ森信号場へと走り去りました。

 最後の撮影地である、東北本線金谷川駅と南福島駅の間に着いたのは、午後の遅い時間でした。
 この場所は現在でもあまり変わらないようで、まずは下り線側で、やって来た 200系新幹線 を撮ってみました。


 これを狙って来たわけではありませんが、今となっては良い記録です。
 続いては、在来線の下り列車を後追いで撮影します。


 そして本命の上り線側へ移動しましたが、相変わらず曇り空で、条件が宜しくありません。


 薄暗い中を上り貨物列車が来ました。


 この列車には、後補機が付いていました。

 間もなく夕日が顔を出し、あたりが黄色く染まって来ました。


 普通電車に続いて、短編成の貨物列車がED75に牽かれてきました。


 あちこち走り回った撮影を、これにて終了としました。


 いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓八戸線のC58 1972.3.14 より

↓応援のクリックをお願い致します↓
にほんブログ村:同様のブログ一覧表