小樽築港機関区

小樽築港機関区

2020年1月8日水曜日

 C57 の天下 日豊本線 1973.2.15

 九州のSL撮影3日目は、日豊本線を行く C57 の姿を一日中追いかけました。

 宮崎に投宿していたので、最初の撮影は定番の大淀川の鉄橋からです。


 朝の通勤列車を撮影しますが、架線柱を避けると逆光になり、順光側はやや邪魔になります。


 次は田野駅と日向沓掛駅間の、築堤と鉄橋の撮影地です。


 貨物列車ですが、このあたりでは C57 が牽引しています。


 細身のボイラーに似合う、門デフを装備していました。


 場所を変えて、山間部である門石信号場と青井岳駅の間のトンネルを抜けた区間です。


 トンネルの飛び出しではまだ陽がまわっていませんが、目の前では側面にあたる朝日がきれいです。


 しばらく列車が来ないので田野駅に向かうと、C57 が発車時間まで長らく休んでいます。


 続いて門石信号場に寄ってみました。

 丁度、寝台特急彗星 が通過の時間です。


 先程田野駅に停車していた貨物列車の発車時間になったので、これを撮影に向かいました。


 再び先程のトンネル区間に戻りましたが、先に通過するのは勾配を下る上り貨物なので、流し撮りをやってみました。


 貨物列車のあとを追って DC特急にちりん の通過ですが、後ろ姿を撮れればそれで充分です。


 次が狙い目の下り貨物ですが、トンネルポータルまで充分陽がまわっています。


 気温が低いので、白煙が列車にまとわりついていました。


 サミットを越えて南へ移動し、餅原駅の先で、下りの客車列車を待ちます。


 緩い勾配なので、速度が速く、煙も上げてくれませんでした。


 少し戻って、山之口川の鉄橋に向かいます。

 川の幅はわずかで、河川敷で待っていると、はるばる東京からやって来た 寝台特急富士 が DF50 に牽かれてやって来ました。


 本日最後の撮影は、鉄橋のたもとの築堤に上がり、C57 牽引の貨物列車を迎え撃ちました。


 さすがに幹線だけあって、列車本数が多く、撮影を堪能できた一日でした。

2020年1月6日月曜日

 南延岡機関区と日豊本線 1973.2.14

 川崎港から一人でカーフェリーに乗り、翌朝、今は無き日向港に着きました。

 この日から主に南九州をめぐるSL撮影旅の開始で、鉄道利用でやって来た二人を拾ってから、南延岡機関区に向かいました。

 日豊本線の主要な機関区なので、常時多くのSLの姿が見られ、目につくものから撮影して行きます。


 どのカマも綺麗に磨き上げられていました。


 むこう側のヤードから、客車を牽き出して行く D51 も見られます。


 ここでは D51 の姿が多く見られます。


 本線上を、下りの 特急富士 を牽引して、DF50 が駆け抜けて行きました。


 C57 は、原形を保った、美しい姿です。


 SL全盛期と変わらない、活気のある様子でした。


 機関区を辞して南に向かい、南日向駅と美々津駅の間で、走行写真を撮影します。

 この区間では、貨物も C57 の担当です。


 上りの客レは、本日お初の C61 が牽いて来ました。


 美々津駅に寄ってみると、貨物列車の先頭で C57 が発車待ちをしています。


 既に夕刻になっていたので、本日の宿がある宮崎へと急ぎました。

2020年1月4日土曜日

 西武鉄道 山口線 の コッペル 1972.8.25

 武蔵野の丘陵地帯にある西武鉄道山口線は、この当時は、西武遊園地駅とユネスコ村駅を結ぶ762mm軌間の軽便鉄道で、バッテリーロコで運転されていましたが、1972年の鉄道100周年に頚城鉄道のコッペルを導入し、蒸機運転を開始しました。

 東京近郊なのですが、まだ現役SLが多数残っていたためか、それほど訪れるファンはいなかったようです。

 この線にはターンテーブルなど無いので、西武遊園地駅を発車するときはバック運転です。


 ユネスコ村駅に到着すると、機関車を切り離し、機廻し線で正面向きに付替えます。


 途中で待っていると、前向きの姿が撮影できます。


 先回りして、遊園地駅に到着する姿を撮ります。


 この駅は行き止まりなので、乗客を降ろすと、編成全体を本線上にバックさせます。


 駅の手前は複線になっていて、片渡りポイントで機回しを行います。


 バック運転は面白くないので、正面向きの姿だけを狙います。


 SL運転と同時に、井笠鉄道から借りた客車を連結していました。


 他の列車は以前からのバッテリーロコが牽引していましたが、1枚だけですが、撮影しておきました。


 このあたりの沿線はまだまだ武蔵野の面影を残していて、雑木林の中を行く姿を撮ってみます。


 本日の運行を終了し、コッペルはヤードに引き上げてしまったので、形式写真を撮らせてもらいました。


 沿線の立ち入り規制も無く、良き時代でした。

2020年1月2日木曜日

 関西本線 柘植駅(その2) 1972.8.12

 謹賀新年
 本年も弊ブログをよろしくお願いします。

 関西本線柘植駅の続きですが、1日の内容が2年間にまたがってしまいました。

 ようやく雨が小降りになり、屋根のない所にも出られるようになったところへ、後藤工場製の変形デフを付けた D51499 が、客車を牽引して入線してきました。


 列車の先頭では、撮影会となっています。


 同じホームの反対側にも、戦時型の D51 牽引で、客レが到着しました。


 こちらでも、撮影会の様相です。


 間もなくこの D511045 を切り離し、D51499 の前部への連結作業が始まりました。


 D51 重連の客車列車の出来上がりです。


 どうせならば、D51499 を前にした重連にしてほしいと思うのですが。


 前部重連の客車列車が、鈴鹿越えに出発して行きました。


 しばらくすると、同じホームに D51 牽引の上り貨物が入って来ました。


 停車するものと思っていたら、後補機の D51 がドラフトを響かせながら眼前を通過し、そのまま峠に向かって走り去ってしまいました。


 すっかり晴れ渡った中を、下り貨物が到着です。


 この日初めて駅の外に出てみると、今度も下り貨物が到着です。


 折角晴れたので、カラーでも1枚。


 駅のホームには、関西本線と草津線のローカルDCが並んでいて、のどかな風景です。


 関西本線の上りDCが発車すると、貨物列車があとを追うように入線してきました。


 デフにピースの鳩マークを付けた D51906 なので、これもカラーで撮影。


 暫しの停車後発車しましたが、残念ながら太陽が隠れてしまいました。


 戦時型の後補機が、猛然と押してきます。


 大量の煙を残して、峠越えに向かってゆきました。


 結局この日は、柘植駅を離れることが有りませんでした。