小樽築港機関区

小樽築港機関区

2017年2月23日木曜日

北陸本線交直接続と米原機関区 1968.8.7

 この当時の北陸本線米原口の交直接続は、現在とは異なり、坂田駅と田村駅の間の架線にデッドセクションを設けて行われていました。
 交直両用の電車を使用していた特急や急行は、この区間で惰行運転を行い切替をしていましたが、客車列車と貨物列車は米原駅と田村駅でそれぞれ機関車の付替えを行っていて、運転上のネックとなっていたのです。
 
 この区間で使用されていた機関車は様々で、E10やED30、DD50等、珍しいものが多く見かけられました。
 訪れた頃はD50が主力で、D51が転入していると聞き、そろそろ行っておかねばと重い腰を上げた次第です。

 米原駅で下車し、田村駅まで線路沿いを撮影しながら歩きました。

田村-米原
機関車は全て米原側を向いているので、上下列車の区別は容易です。

米原-田村
長野局からのD51が多数転属していました。

坂田駅
中間の坂田駅はこの当時でも無人駅でした。
 当時、米原駅は坂田郡米原町で、坂田の方が広域の地名なのに駅は小さく、何となく矛盾を感じました。
 今では市町村合併で米原市になっていますが、この頃でも米原の名は有名で、手紙に米原市とよく書かれていたそうです。

 坂田駅の田村駅側、デッドセクションに着きました。

坂田-田村
D50の姿が見えないので心配していたら、300号機が下ってきました。

坂田-田村

 田村駅は田圃の中の人家の少ないところですが、運転上から客車急行も停車します。
 また、接続用のSLのほか、北陸本線のELも多数見られました。

 先ほどの牽引機D50とEF70がご対面です。

田村駅

 そのD50がEF70から受け継いだ貨物列車を牽引して、米原駅に向けて発車して行きました。

田村駅を発車する貨物列車

 EL留置線には、当時の最新鋭機ED74が前面瓜二つのEF70二次型と並んでいました。

交流機がゴロゴロ
北陸電化のパイオニアも姿を見せました。

可愛いお面のED70

 米原駅に向けD51がバック運転で出発しました。

集煙装置・重油タンクで重装備ですがここでは無用

 この後、米原機関区にD50の様子を見に行きました。

 案の定、他のD50は全て休車になっていて、主連棒はすでに外されて放置されていたのです。



 庫の前にはDD50も見かけられましたが、こちらも動いている様子はありません。


 もう1両の門デフのD50も発見しましたが、こちらも主連棒が外されていました。


 以前、大阪への移動の途中でデフ無しのD50が活躍中なのを米原駅で見たのですが、今回その姿は確認できませんでした。
 もう少し早く来ていればと、毎度のタラレバでした。

 おまけで、近江鉄道の車両をスナップしていたのでお目にかけます。


 扉配置が珍しいので、貴重なフィルムを使ってしまったのです。

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