高速道路が無く、未舗装路が多い当時の事ですから、単純に移動だけで4時間程度はかかってしまいます。
朝の高森駅で(とはいっても、早朝の一番列車ではない)、上り列車の発車の撮影からスタートです。
既に朝日は高く上がっています。
列車を追いかけながら移動しますが、中松駅で追い越したので、その先で通過を待ちました。
阿蘇の外輪山の内側を、ノンビリと下って行きました。
ここからは唐津線に向かって、クルマを走らせるだけです。
唐津線には多久駅と厳木駅の間にサミットがあり、キューロクが一部列車に補機を付けて活躍しています。
漸く到着し、勾配に向かう上り貨物列車を待ちうけましたが、さっぱり煙が見えません。
もうサミット近くなので、やる気が無いようです。
気を取り直して、峠の反対側へ移動し、下りの貨物列車を築堤の下から狙います。
煙は上がっているものの、本来ならば補機付きの列車です。
夏枯れで、荷が少なかったのですね。
これで本日の宿に向けて再度移動し始めたのですが、前方の踏切が鳴り始め、列車が通過するようです。
先程撮影した貨物列車が勾配を下って来ました。
おまけの1枚を撮り終え、再びクルマを走らせました。
いつもご覧頂きありがとうございます。 ↓千葉にハチロクを追う 1968.4.28より
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2 件のコメント:
わたくし、1971年の7・26日、唐津生まれです。
唐津線の9600の写真は感慨ぶかいです。
線路わきに住んでいました。2歳か3歳の頃にDE10になったと思われますが、、
幼児期の記憶にはキューロクが映っている?
おまけの一枚、白い鮮魚車が唐津線らしいですね。貴重なお写真ありがとうございます!
sakumin 様、ご覧いただきありがとうございます。
現在北海道を旅行中で、メールの確認が遅くなり、返信が今頃になってしまいました。
白い鮮魚車が唐津線らしいとのこと、この日は晴天なのはよいのですが非常に暑く、勾配区間でも煙がほとんど出ずに残念だったことを思い出します。
ほかの写真もぜひご覧ください。
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