小樽築港機関区

小樽築港機関区

2019年5月13日月曜日

 2012年5月の旅-1 リニア・鉄道館 2012.5.10

 この年の5月に自由な時間がとれ、中国地方に観光に出かけたのですが、名古屋駅で途中下車し、前年にオープンしたばかりの、リニア・鉄道館 を訪問しました。

 名古屋駅でやまなみ線という三セクの路線に乗換えるのですが、元々国鉄の貨物線だったこともあってか、名古屋駅の乗場はJR線の狭間にあります。

 終点の金城ふ頭駅といういかにも貨物線らしい駅で降り、徒歩にて到着です。

 新しい施設で内部空間は広く、JR東海なので先ずは新幹線が目に入ります。


 0系と100系が並んでいます。

 お隣りには300系。


 試験車両の955型300Xの6号車ですが、片割れの1号車は米原の鉄道総合研究所に保存されています。


 当然ながら、リニアの実験車両も置かれています。


 300系の奥には、初代のドクターイエローの姿も。


 0系の隣には振り子電車の特急しなのですが、この両者は名古屋駅近辺で、かつて一緒に見ることができました。


 SLの目玉として、名古屋機関区時代に狭軌SLの世界最高速を記録した C6217 が、スピードの象徴としてか、目立つ場所に展示されています。


 もう1両の国鉄SLは、C57139 がかつてのお召し機の姿でいました。


 その他、多くの車両が保存されていますが、ELの代表は茶色の EF58 でしょうか。


 同じく管内の支線代表で、ED18。


 電車で目立つのは、やはり流電。


 他にも電車、気動車、客車等多くの車両が保存されていますが、異色なのが国鉄バス1号車です。


 屋外にも保存車両が置かれていますが、軽便のSL ケ90 が、教材用にカットされてはいますが、綺麗な姿を見せてくれました。


 最後はおまけの1枚を。

 翌日岡山県の備中高松城に行った折の、備中高梁駅でのワンカットです。


 特急やくも15号と交換する各停の115系改造車ですが、二挺パンタの2両編成、なんとも形容しがたい姿です。

2019年5月11日土曜日

 小湊鉄道の保存機関車 2012.3.15-16

 春先の千葉県勝浦に出かけた折に、小湊鉄道といすみ鉄道の接続駅である上総中野駅に立寄りました。

 列車ダイヤを確認したわけでは無く、どんな駅なのかと寄っただけでしたが、小湊鉄道の車両がいました。


 ホームのはずれで昼寝をしていたのは キハ214 で、扉は閉められたまま、乗務員の姿も近くに見当たりません。


 東京から程近いのに、全くのんびりとしていました。

 翌日は、小湊鉄道の五井機関区の保存SLを見に行きました。

 近くの駐車場にクルマを停めて、機関区の事務所に立入りの許可を求めると、保存機関車の周りならば良いとのことでした。

 ここには過去に使われていた3両のSLが保存されています。


 屋根が架けられていて、動輪やロッド類が妙な色に塗装されていないので、好ましい姿での保存です。


 右側の1号機はボールドウィン製ですね。


 真ん中の2号機もボールドウィン製の同型機ですが、隣との間隔が狭いので、側面の写真が撮れないのが難点です。


 そして、左側には B104 のプレートを付けた 5500形がいます。


 国鉄からの払い下げ機で、ピーコックらしい姿をしています。


 この小さなローカル鉄道にしては、良く保存されていると感心した次第です。

2019年5月9日木曜日

 ちょっと立寄った 篠ノ井線 姨捨駅 2011.8.30

 この年の遅い夏休みも軽井沢にいたのですが、行きがけの駄賃で上越線の D51498 を撮影した後は家族サービスをしていました。

 そんな中で、田毎の月の姨捨周辺に行った折、少しの時間姨捨駅にクルマを停めて、駅周辺での鉄をやりました。

 ここに来るのは1984年に EF64 の撮影以来で、駅周辺がかなり整備されていました。

 先ずはホームのすぐ下にある公園で、お立ち台として有名な場所で列車を待ちました。


 特急しなの が車体を傾けながら、高速で通過して行きました。

 今度は下りの普通電車が到着するので、ホームに上がります。


 行き止まりのホームに停車後、スイッチバックして、眼下の本線を下って行きます。


 今度は上りの各停が到着するので、ホームのはずれで推進運転で入って来る姿を撮影。


 しばらく停車して、再び本線の上り勾配に向かって出発して行きました。


 次は上りの天竜峡行きの快速が来るので、再び上りホームに設置された見晴台に行きました。


 まるで電車の撮影のために作られたような場所で、後追いで勾配を上って来る姿を撮影しました。

 スイッチバックしてきて停車後、わずかの時間で発車です。


 ほんの短時間の訪問でしたが、この駅にも観光客が増え、周辺にはそのためのお店も何軒か見受けられました。

2019年5月7日火曜日

 C6120 の SLみなかみ号 2011.9.19

 前日に続いて C6120 の撮影ですが、この日は上越線です。

 やはりメインの撮影はハッセルで、ミラーレス一眼の実力は戻って確認するまでわからず、この時もサブとして使用しました。

 最初の撮影地は、渋川駅を出て利根川を渡った後のアウトカーブ地点です。


 この角度で撮ると、ハドソンが急客機であることが際立って見えるように思えます。

 すぐに追いかけて、後閑駅と上牧駅の間の、上越線を見下ろす道路際で列車の通過を待ちました。


 これだけ離れると C61 だかよくわかりませんが、横から見ると、やはりハドソンであることが確認できます。


 水上駅に行き、C61 の姿をつぶさに確認します。


 ここでの撮影はデジタル機で、暗部のディテールがつぶれずによく出ていました。


 帰りの列車の撮影は上牧駅と後閑駅の間で、折角の C61 なので正面勝ちに狙うことにしましたが、既に陽が傾いて、山陰になってしまいました。


 ハッセルに200mmを付けての撮影ですが、あとから見ると、デジタル機で撮った方が良い結果だったと思われます。

2019年5月5日日曜日

 C6120 の SLレトロ碓氷号 2011.9.18

 この年の6月から復活運転を開始した C6120 が、この土曜日に信越線を、翌日曜日に上越線を走るというので、現役の頃に見た C6120 の姿を再び見たくて、参上しました。

 信越線でのSL運転は、横川駅に転車台が無く片道のみになるため、これまで敬遠していたので撮影地が分からず、2.5万図を頼りに安中駅と磯部駅の間に向かいました。

 実はこの日がミラーレス一眼でのお初の撮影日だったのですが、メインは今までのハッセルでの撮影です。


 手前のケーブルが気になりますが、先ずは無事に撮影を終え、C6120 を見たくて横川駅に向かいました。

 入場券を買って入り、ここからはミラーレス一眼での撮影です。


 久しぶりに見るハドソンは、やはり迫力があります。


 斜め後方からの逆光撮影では、デジタル機の実力が発揮されました。


 最後尾には、帰りの ELレトロ碓氷号 を牽引する EF641001 の姿があり、湘南色の普通電車との並びを撮影できました。


 このあと帰りの列車をなぜ撮影しなかったのか、今では記憶が有りません。

2019年5月3日金曜日

 2011年の夏も 上越線の D51498 2011.8.28

 2010年に続いて2011年の夏休みも、相変わらず行き掛けの駄賃に、上越線の D51498 を撮影に寄り道しました。

 まだまだ暑い日が続く中、渋川駅の手前の築堤から撮り始めました。

 湿った空気の夏空の下、SLみなかみ号を牽引して、いつもの姿に戻った D51498 が黒煙を吐きながらやって来ました。


 渋川駅での停車時間を利用して、今度は津久田駅側の築堤に行きます。

 背景の山は、霞んでしまっていました。


 再度先回りして、今度は後閑駅と上牧駅の間の大築堤です。

 ここでは夏草がかなり茂っていて、足回りが隠れてしまいました。


 いつものように、水上駅まで足を延ばします。


 今回は青いヘッドマークを付けていました。

 帰りの列車の撮影は、撮影後に関越道に乗りたいので、その近くの上牧駅の後閑駅寄りとしました。


 上牧駅に停車しなくなったので、全く煙が無く、ここからの撮影は面白くなくなりました。

2019年5月1日水曜日

 北見から帯広へ 保存車両巡り 2011.7.11

 北海道では廃線となったローカル線が多数あり、廃駅と共に車両を保存しているところが多く見られます。

 この日はそんな場所を巡ったのですが、最初に行ったのはSLのみを保存しているところで、北見駅の機関区があった場所にほど近い、北見三次公園には D5025 がいました。


 周りを柵に囲まれているので、邪魔されずに全体を移すのに苦労しました。

 ここから国道を南に向かい、津別町にあるかつての相生線の終点、北見相生駅跡にも保存車両が多数置かれています。


 キハ22は塗装がはがれ始めていて、その後が心配です。


 ラッセル車の キ703 と貨車が数両、そして後方には スハフ42 があり、ライダー用の宿泊所として提供されています。
 また、駅舎内では資料が展示されていますが、この時は閉鎖されていました。

 続けて南下し、今度は広尾線の愛国駅です。

 ここは観光地として整備され、構内は線路1本だけが残り、19671 がきれいな姿で保存されています。


 愛国駅まで来たら、次はやはり幸福駅です。

 愛国駅以上に観光地化していて、お土産店まで開業していました。


 廃線をめぐると荒れ果ててさみしいところが多いのですが、ここには多くの人が訪れていて、かつてのブームの時のような雰囲気です。